歌集『恋歌へ』

田中義之

アラビアの古なるや美しき笑みを湛えて訪れる君

微かなる気品漂う首飾り険しき峰の谺の様に

ささやかな静けさの後水兵は咳一つするその闇の中

ターバンを地上に置きて綴る文天使現れ説く桃源郷

夏過ぎてニンフは祈る額付きてネヴァーランドに望みを託し

春来たり向日葵の種含みつつ平和を祈る法医学あり

舞姫は嬰児抱き向かい合う目と目合わせて黙劇の中

柔らかき命を救う唯心論永久機関は夜に造られ

雷雲や凜と降り立ち留守中の煉瓦造りの牢獄棟へ

我一人韻文作り歌作り酔うや天啓終わり無ければ

五十音を57577の頭韻にしました

恋歌へ の母音は おいうあえ 重なっていません!

韻文(ゐんぶん)酔うや(ゑふや)終わり(をはり)

色は匂えど

色は匂えど散り行くは我が歌のはるけく遠い冒険に似て

以てする果てしなき夢おぼつかない手にし掬さん幻の華

呂律回らぬ我が歌は拙きをそれでもやはり詠い続けん

波頭には海猫の声響けるはそは幻聴のなせる技かも

仁丹のマーク嗤いて呟ける「お前なんかは死ぬしかない」と

保険とはそも「死」を売り歩く商いと塚本邦雄詠っているが

部屋に居て外出はせず自然詠捏造するは後ろめたくて

止むまでは此処に留まり歌作り相合い傘の落書きをする

知人には仮病を用い約束を反故にし続け 真実を知る

利己主義は「おのれ」の為か或はまた「あなた」の為か分からずに居る

奴凧初春の空漂うは我が理想なり だが意にそまず

留守中の火炎放射の弾薬庫 あらまほしきは平和なりけり

遠雷の光かそけく震えたり信管に続くタイマースイッチ

和らげる楽の音聞こゆリビングは腐乱死体が転がっている

加えてもひとつ足りない心には引くべきものは残っていない

与らずされど此処より去り行くは嘴黒きかの大鴉

太陽風虚空を走り輝けるオーロラの下希望はひかる

礼をつくし供応するはまれびとの一期一会の微笑みのゆえ

曽良と行く「奥の細道」二人して夢は枯れ野をかけ廻るかも

川獺は漁りし魚並べては祝祭の日々遙かに過ぎて

祢の刻は魔法が切れる時間かな硝子の靴を一つ残して

奈落には怪人住めりオペラ座の悲劇そもそも愛する故に

良人とは何も問題ないけれど少し足りないこのアヴァンチュール

武者絵買い古き昔を偲ぶれど五月人形新しくして

宇宙には知的生命存在す例えば我も宇宙人なり

為すがままされるがままに侮辱され我は無抵抗主義者ではない

乃至夏至陽光は空に留まりて審判の日が近づきつつあり

於いて夏逝きて春なお葉桜の刻未練がましく追試を待ちて

「久しぶり」君の口振り真似しても帰らざる日々想い起こして

也はやなりされど嗚呼とは響かない漢和辞典で調べてみよう

末期癌それでもやはり生きている未来はいつでもそこにありつつ

計画は今にもそれが完成しあり得る未来あり得ざる過去

不戦勝星は一つと数えるが物足りなくも少し嬉しい

己には勝てる自信はないけれど乗り越えるべき時は何時来る

衣替え何時とはなしに忘れてる着たきり雀お宿はどこだ

天界に上り詰めても果てはなしラスボスは不在現実世界

安価なる人生を買い生活詠詰まらなくなりこの歌集開く

「左様なら明日からずっと閉店です 店主敬白」すでに書き終え

幾何学や不思議な形作りだし初期の目的忘れかけつつ

由なくて虚構の歌を詠ってる創作欲には関心なしに

女有りけり業平流おんな歌模索しつつも叶う事なし

美は昔神々の物として有りプチ整形で庶民の物に

之やこの行きて帰るは別れずに知らず知りたき君の発生

恵まれずこの子の知恵は何処にある井戸にて冷やすトマト引き上げ

比例する生活水準・満足度 イエスは衣一つだけ持つ

毛並み良き我が飼い猫の背を撫でて天使の髪は何色か知る

世界中いつでも朝日は昇ってる十億年も明けない夜が

寸暇惜しみ短歌を作る それなら何かをすればいいのに

无は始め言葉となりぬではその前は何だったのだろう?

京と江戸かけて釣り合う天秤の芭蕉と我は量れぬものを

※いろは順に、かなの元になった漢字を、

 うたの頭に並べてあります。

 京は、いろはがるたの上がりの言葉です。

田中義之

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