小説的断章『絶歌』

写真©松岡祐貴

求道鞠(グドウ・マリ)  

マリの舌が、火がついたようにひらひら燃えている。

舌禍だ。

ゆらゆらと、ただれおちる寸前の舌をあわや冷えたスプーンでささげもち、何があったのかと詰問すると、さすがはマリの舌、饒舌な舌たらずで甘えたシラを切り、かと思えば弱音をさえずり、しまいにもんどりうって舌打ちしてきた。理不尽な調子にのったその舌に、僕はすかさずアイスクリームのひとすくいを押しつけて、いきおいその火を消しにかかった。夜を裂くけたたましい悲鳴。しかし、ひどい火傷だ。舌禍の炎で舌がこんなに、緋色のベルベットみたいにべろりとただれて焼けてしまった。マリは声を、じりじりと熾火の残る荒ぶる舌におしくるめて、さめざめ泣いた。その舌先に宿る熱は、幾度アイスクリームを押しつけても冷めやらず、やがてぬるいヴァニラの泡(あぶく)となった。

マリの眼が訴えている。ボロボロと見苦しい大粒の泪を流して。 

だから僕はできるだけ、優しい声音(こわね)をつくって訊く。

最近きちんと、食べているの。

マリは時折しゃくりあげながら声をしぼった。

さみしくてさみしくて、火のついたように辛い灼熱色のパスタばかり作って、せっせと食べているの。

するとその舌がまた、フリルのようにちぢれあがってめらめらと焔をはらむ。

あつい、痛い、くるしい。そしてとてもーー恥ずかしい。食べながら悶絶している自分を見られるのはもう、厭。

だからマリは人生を、そっと、そっと小さく閉じようとしていた。

カタツムリに這(は)いるの。おっとりしたカタツムリの殻に入って、そして緑色のオリーブオイルをまったりかけられてーー。

僕はマリの頭をかき抱いて、やさしくぞんざいに揺籠のように揺らし、その耳許でそっと囁く。

かなしいね。きみは昔、僕にたくさんの歌を、燦燦(さんさん)と歌ってくれたから。

熱をもったマリのまぶたから、やがてぬるいヴァニラの泡(あぶく)が流れた。