書かれた―祖父  「家族譜」より

飯島章嘉

 

繰り返し 

繰り返される夢

祖父という見た事の無いもの

二度と見る事の無いもの

無いものへの信仰

不知への限りない接近と離脱

長押に上がった肖像の夢

不知への限りない接近と離脱

無いものへの信仰

二度と見る事の無いもの

祖父という見た事の無いもの

繰り返される夢

繰り返し

 

 

子供の傍らで

祖父が遊ぶ。

祖父の遊びは極めて単純で素朴だ。

自分の亡霊を追いかけているのだ。

子供の周りをグルグルと。

グルグルと。

 

祖父の胸元がはだけている。

肋骨の浮き出た胸が子供の印象に刻まれる。

しかし注目しているのは

肋骨ではなく乳首だ。

無様に大きい。

 

子供は祖父の死後 

数年を経て生まれた。

しかし子供の記憶には

形の整わない祖父がいる。

 

子供は生きている祖父を見たことがない。

しかし子供は覚えている。

祖父はいつも戸口に立ち

表の通りを通るすべての者に

呼びかけていた。

(例えそれが人間でなくとも)

死んでいるにも関わらず。

 

(すでに死んでいる者の発言は優先される

しかし

死んでしまったものは 仕方がない

生きている家族達に従う)

 

子供は祖父を見た事はないから

日本刀を抜いて祖母を切りつけた事も

「女をこしらえて一か月以上帰って来なかった」

事も許せるのだ。

(祖母も許していた?それは許すのではなく隠蔽?)

 

薄い髭

白髪の混じった

短く刈り込んだ髪。

彼の子供らは相似形の孫を

次から次へと産み落とす。

薄い髭と白髪の混じった短く刈り込んだ髪の孫達が駆けて行く。

歓声を上げて。

 

祖父は爪先を上げず摺足で近づく。

あるいは両手を付いて這って来る。

 

墓を建て

墓に立ち。

柿の木に登り

柿の木を降り。

人々に向かって叫ぶ祖父。

 

祖父の大好きな墓。

墓のために家族を作り。

墓のために家族を殺す。

 

祖父が、ごちゃごちゃした物置の埃の中から

少しずつ姿を現す。

祖父は踊っているようだ。

真剣に、かと思うとおどけて

剣舞だろうか。

 

 

明るい外光へ向かって舞いつつゆく

子供には目もくれず

日の光を浴びながら

夏霧のように消えてゆく