マミのA4一枚、こころのデトックス(7)

矢野マミ

 

19.「神様からの手紙2023 ③」

 

 ようやくキミは自分の居場所をみつけたようだね?

 “Empowering Gifted Minds” 東京大学大学院総合文化研究科ギフテッド創成寄付講座

 あるいは昨日買ってきた2冊の本の片方に紹介されていた新宿ゴールデン街の会員制バー

「サロン・ド・ギフテッド」

 キミは早速、東京大学にメールしてみる。返事はまだ来ない。送ったばかりだから。

 買ったばかりの本を読んでみる。

「大人のギフテッド」〈高知能なのになぜ生きづらいのか?〉ジャンヌ・シオー=ファクシャン 

鳥取絹子 訳 筑摩書房 これはフランスの本の翻訳。

「ギフテッドの光と影」知能が高すぎて生きづらい人たち 阿部朋美・伊藤和行 朝日新聞出版

(こちらに新宿ゴールデン街のお店の話が載っている)

 

 キミは思っている。「大多数のギフテッドは、適応的に生きている」、と。

 嫌なことがあったら心を飛ばすことができるから。

 

*****

 小学生の頃、「身体検査」がイヤだった。担任の先生は男だった。40代? 50代くらい?

 3・4年生だと、先生はまだ保健室にやって来る。保健の先生の横で記録を取ったりしていたのか?

 女子も全員、パンツ一枚だ。冬にはストーブの上のヤカンから蒸気が上がっていた。

 和歌山から転校してきたS子ちゃんは、たくさん服を着ていた。脱いでも脱いでも服が出て来た。

 最後にパジャマのズボンが出て来てみんなで大笑いした。先生も笑っていた。

 若い頃、ほんの一時期、高等学校に勤めていたことがある。

 「健康診断」では女性教員が生徒の胸囲を計測した。3人くらいで、600人くらいの生徒の胸囲を測った。一人当たり200人。大きいの、小さいの、乳輪の黒いの、茶色いの、ピンク色の。自分以外の他人の胸をイヤというほど見せつけられた。医者が女性の裸体を見ても何とも思わなくなる、というのが何となくわかった。あまりにもたくさん流れてくると、物体にしか見えない。

 というより、物体、と思っていなければこのヘンな業務、「わたしは教員になったのだけど、なぜ裸の女子の胸囲を測っているのだろう?」に耐えられない。これ、機密事項になりますか? だとしてももう時効だし、イマドキはもう胸囲なんて測っていないでしょう? 

 耐えられないくらいイヤな時、心を飛ばす。頭の後方、少し上の方から自分のしていることを見る。見ている。自分を見ている自分がいる。

 

*****

 それって、解離していたんじゃないかなぁ? 他人の胸囲を測ることがそんなにイヤだったんだ。

まさか、それが教員を辞めた理由じゃないだろうね? 

 ハハハ…… 神様! 何でも知ってるのね~! 半分は当たってる!(笑)

 

 

20.トラちゃん

 

 都内に出る時は、最近は上野を使う。わざわざ東京まで行かなくても地下鉄へのアクセスは良いし、少し早く行って美術館に一番乗りするのも良い。チケットの予約がなくても朝から並べば何とかなる場合がある。列に並ぶのは嫌いだが、美術館への入場に並ぶのは仕方がない。世界中どこでも同じだ。

トラちゃんとは、銀座線の出口で出会った。浅草。約束の時間まで浅草寺でも見ようかと思ったのだ。パッチ姿に腹掛けとねじり鉢巻き、という伝統的に威勢の良い格好の若者が数人、集まっていた。

「何か撮影でもあるのかな? 」

と思っていたら、コーティングされたA4のシートをすっと差し出されて、

「人力車、乗りませんか? 」

と来た。

「人力車、ですか……」

ぼられるかな? と思ったけれど、足元のA看板には「10分3,000円~」とあり、「10分ならいいか……」と、とりあえず話を聞いてみることにした。

 差し出されたA4のシートには、いくつかの写真があり、行きたいところを指さすとコースを組み立ててくれる。これは外国人にもわかりやすい、いいアイデアだと思った。

「10分で、何かおススメの場所はありますか」と聞くと

「スカイツリーが見えるフォトスポットがありますよ」と提案してくれた。

「では、それでお願いします」

正面に黄金色のオブジェを見ながら進む。

「人力車、乗ったことありますか? 」

「あります。以前、高山で」

 

 あの時は高山で、母と一緒だった。並んで乗ったのかどうかは記憶にない。

 高山、岡山、鳴門の渦潮、二人で旅した。北海道、ハワイ、子連れで家族旅行にも一緒に出掛けた。

「冥土の土産だから」と言って、二人で笑った。

 だから、母がとうに亡くなってしまった今でも全然寂しくない。

 母の着ていた、赤いブラウスとコートを着て、一人、人力車に乗る。

「ねえ、ここ、浅草だよ。叔母ちゃんが昔住んでいた、っていう。私、花やしき行ったことある。小学生の時に。後楽園遊園地だよ、って言って叔母ちゃんにだまされて連れてこられた」

 トラちゃんは、笑顔の素敵なはきはきとした好青年だった。「娘の婿に来て下さい!」と神様にお願いしたいくらいだった。きっと、寅年生まれなのだろう。あの時は、虎太郎、虎生、大我、クラスにトラが何頭もいた。

 子どもの頃、トラと言えばタイガーマスク、ちょっと暗い印象のアニメだった。高校で習った「山月記」の虎も、お世辞にも爽やかとは言えない。今、目の前を走るトラちゃんには、みじんも暗さを感じない。教員を目指す大学生だったが、このアルバイトを始めて、中退して本職にしてしまったのだという。そうだろう、そうだろう。狭い教室に閉じ込めておくのはもったいない!

「今は教員不足だから、またなりたくなったら、きっとなれますよ」

 無責任かな、と思ったけど、つい言ってしまった。

 若者は、礼儀正しく浅草の街を案内し、10分が過ぎた。一泊二日の短い旅の始まりに、予期しなかった思い出ができた。礼を言って三千円を払い割引券をもらった。

「会いに行けるアイドル、ちょっと大人の町:浅草編」という感じか。癒されました。

 

 

 浅草寺では羽子板市をやっていた。10時前だというのに仲見世もすっかり開いていて、外国人客でいっぱいだった。その割に、それほど混んでいないのでスーッと歩ける、お線香を買って、立てて祈る。今年一年を無事終われそうなことに感謝した。用事の前に浅草に寄ったのは、正解だった。

 また来ますよ、と振り返って大提灯を見あげた。