詩二篇『家族譜』より「書かれた―姉」「書かれた―兄」

飯島章嘉

 

書かれた―姉  「家族譜」より

 

墓地へ駆けてゆく

姉を二階の窓から見た

学校の制服を隠したのを

姉のほこり臭い制服

血の付いた便器にしゃがんだ

汗のにじむ掌で鈍く赤い

姉の隠し持つ勾玉

汗のにじむ掌で鈍く赤い

血の付いた便器にしゃがんだ

姉のほこり臭い制服

学校の制服を隠したのを

姉を二階の窓から見た

墓地へ駆けてゆく

 

 

縁側に濡れた足跡が続き

子供はその跡を付けた

夏の正午で庭と縁側は明暗を強めていた

子供は物置を覗いて、声を上げた

突然目の前に白いものが立ちはだかった

物置の窓を通過する光の中へ

姉の裸の背中が動いたのだ

「行水よ」

背中を見せたまま姉は言った

 

子供は姉の部屋へ入った

姉は学校からまだ帰っていない

そのことを知っていて入ったのだ

姉の制服が掛かっていた場所に

濡れた姉の体がそのまま掛かっていた

 

姉の書く日記の表紙の色

姉のシーツの色

姉の吐瀉物の色が川を染めた

 

子供が眠りに付いた後

家族がすべて眠りに付いた後

姉は動き始めた

姉の内部が幼時とは違った方向へ向かい

盛り上がり

溢れ出し

伸び且つ縮むのだ

家族が目を覚ました後

子供が目を覚ました後

姉はぴくりとも動かず眠っていた

 

湿地帯を霧が覆っていた

そのくさむらの中に兎の死骸が転がっている

 

姉は彼岸花の中で

恋人と会っていた

ある日姉は子供を連れて恋人と会った

子供は居心地が悪いだけだ

恋人の子供に向ける笑顔はただの愛想に思え

子供はますます居心地が悪い

つないでいる姉の手も感触が違って

別人のように感じられ

子供には居心地が悪いだけだ

(子供は彼岸花となる)

 

姉は密かに宝玉を持っていると言った

真っ赤な玉だと言った

それは特殊な形をしていて

勾玉と呼ばれる物だと言った

しかし姉の唇は色を失って

そのことに気を取られ

子供は聞いていない

 

 

姉は墓地へ走る

夜を眠らず 

髪を洗い

体を洗い

墓石を洗う

朝焼けと共にそれらの苦行が終わるだろう

一番鳥の鳴き声が遠く聞こえる

鋭く振動する

掌の中の赤い勾玉

 

 

 

 

 

 

書かれた―兄  「家族譜」より

 

兄は無口になる

暗さが増してくるこの頃

筋肉を持て余し

内部の膨張を持て余し

彼岸花の咲く湿地帯は

自転車を押して入る

鷺が落ちるように飛ぶ濡れた地帯

自転車を押して入る

彼岸花の咲く湿地帯は  

内部の膨張を持て余し  

筋肉を持て余し

暗さが増してくるこの頃

兄は無口になる

 

 

鷺が落ちるように飛ぶ町の上空を

兄は飛べない

子供を自転車の荷台に乗せ

川に沿って走った

自転車は加速する。子供がおびえる

日は暮れてゆくが

兄は飛べない

 

陽の差し込まぬ部屋で

兄が向こうを向いてうつむいていた

子供が近寄ると

兄の背後に蟻が群れていた

 

時に奇妙な快活で

兄は子供に話をした

川を泳ぎながら

器用に潜り魚を獲った

その川を泳ぐのは兄しかいない

そのことが子供には自慢でもあり

また誰にも知られてはいけないことのように思えた

兄は奇妙な快活さで

獲った魚の話を子供にした

 

時に不測の不機嫌で

兄は子供にあたった

兄の投げた模型飛行機の部品が

子供に飛んで来た

部品は足をかすめただけだったが

子供は泣き出した

兄の姿がシルエットになっていた

 

部屋の隅に寝転がって

子どもは雑誌を広げていた

それは普段読む雑誌ではない

兄の物なのだ

気がつくと兄が立っていた

その顔に笑みがあふれていた

 

毎日のように兄は少女と会っていた

湿地帯の彼岸花の中で

ある日兄は子どもを連れて少女と会った

兄には気まぐれな行動かもしれない

それが少女には不満だ

すべての原因と結果が兄には理解できなかった

兄の動悸が速いのを子どもは気づいた

(こどもは彼岸花となる)

 

兄が死んだ

子供が遊びから帰ると

家族が右往左往しており

兄は死んだと告げられた

濡れた兄は濡れたまま横たわり

泣く親にしがみつき子どもは激しく泣いた

 

足の裏が見える

子供は兄の足の裏を見るのは初めてだ

傷一つない兄の

足の裏だ

 

 

兄は落下する

雨を踵に受けて

兄は落下する

贋の羽さえつけぬ

ずぶ濡れの愚か者として

しかし今も兄は誤解している

飛ぶ者になったと

 

兄が記憶していたすべては砕かれる

兄は記憶される

若者として

粉々の記憶の破片として