イサム・ノグチと「芸術家が役に立つ」ということ

山田浩貴

 

●イサム・ノグチの言葉
 “僕の創造の情熱の根底にあるのは「役に立つこと」に尽きる。地球上のどこかに、1人のアーティストが影響を与えられる場所を求めてきた”(イサム・ノグチ)
 
 この言葉に触れたとき、意外に感じたのをおぼえている。なぜなら、私の眼に触れたノグチの作品の多くは抽象彫刻であり、社会との関係を主張するものではないように見えたからである。 その作品にはランタンもふくまれている。こうした「工芸」作品もあるにはあるものの、その作品で真っ先に思い浮かぶのはその「抽象彫刻」であったのだ。


 考えてみれば、われわれの多くにとって「役に立たねばならない」ことは、共通して持っている一種の強迫観念であろう。ノグチもそうだったのか。

 

●イサム・ノグチとは
 日本人の父と、米国人の母との間に生まれた彫刻家(1904 ロサンゼルス~1988 ニューヨーク)。ブランクーシに影響を受け、自然に範をとった抽象作品をつくった。作品に通底するのは作品創作への意志の強さであり、作品にふくまれるヴォイド(なにもない空間)でさえ、そうしたものを感じさせる。

 2021年4月24日~8月29日には、東京都美術館で「イサム・ノグチ 発見の道」と題された展覧会が開催されている。
 https://www.tobikan.jp/exhibition/2021_isamunoguchi.html

 香川県高松市にある「イサム・ノグチ庭園美術館」のサイト。
 http://www.isamunoguchi.or.jp/index.htm

 

●アルチザンとアーティスト
 アーティストとアルチザンとを区別するのは陳腐かもしれない。アルチザンは職人的芸術家。技術は優秀であるが、芸術的感動を呼ばない制作をする人を批判的にいう語である。アーティストが芸術史の表を、アルチザンが裏を担うというのが一般的な見方であろう。

 しかしながら、工芸作品も感動をもたらす。アーティストは役に立たず、アルチザンは役に立つという二分法は現実をあらわしていないのだ。むしろ、この二つの言葉は、作品をつくる人間についておおまかな二つの傾向をあらわしているともいえるだろう。

 ノグチは、アルチザンの傾向をもったアーティストと位置づけることができる。以下に書くように、「モエレ沼公園」はこの芸術家の資質を端的にあらわしている。

 

●モエレ沼公園
 モエレ沼公園は札幌市民の憩いの場となっている公園。ノグチによって基本設計され、遺作となった。
https://moerenumapark.jp/


 上掲写真は、同公園にあるモエレ山。不燃ゴミと建設残土を積み上げ造成された人工の山である。そう、モエレ沼公園は、ゴミ処理場跡地を利用して造成されたのだった。ノグチはすでに建設がはじまっていたこの公園の設計をみずから申し出て、「人間が傷つけた土地をアートで再生する。それは僕の仕事です」「公園全体がひとつの彫刻作品」と語った。いわば、パブリックアートだろう。

 

●ノグチとモエレ沼公園
 ノグチは、「公園」という、人々が憩い交流する場を創作の場として用い、自身の影響力を及ぼしたいと思ったのだろう。それに、この公園は、上に掲げられたノグチの言葉を具体化したものといっていい。この公園を設計することは、アーティストとしての資質にくわえ、アルチザンの本能を物語るものである。

 ノグチは、父と母の国が敵国同士となる経験をしており(太平洋戦争)、東西の間でアイデンティティの葛藤に苦しんだと伝えられる。モエレ沼公園をつくるにあたって脳裏に浮かんだ葛藤を解決しようとした結果が、この公園の設計ではなかったか。公園が醸し出す平和な雰囲気がノグチの葛藤をやわらげたのかもしれない。

 

●最後に
 黒澤明が監督した映画『生きる』で、癌死した主人公が最後に残したのは公園であった。同じように、ノグチも遺作としてモエレ沼公園を残した。公園は多くの人が利用する公共の場となり得るし、人々に愛される可能性をふくんでいる。それは、日常づかいの茶碗が人々の手に馴染んでいくのにも似ている。


 ノグチがのぞんだのは、環境への問題意識と同時に、ほかでもない、人々から愛されることであったのかもしれない。そこに、アーティストでありアルチザンであった、ノグチの真面目(しんめんもく)を見ることができる。


 芸術家はだれしも、作品を受け入れてくれる他者を求める。自己の影響を広げていく中で芸術家は他者と出会う。芸術家は役に立つか立たないか、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負をする。影響を与える対象が1人か大勢かは問題ではない。作品が高い価値を持つものへと昇華されているかが問題である。「役に立つ」べく他者を求める旅はそれ自体、価値を持つ。


 この文は、「イサム・ノグチ庭園美術館」と「モエレ沼公園」のサイトに掲載されている文章を参考にしました。

 

初出:山田 浩貴――芸術の楽園(2021年7月4日)。初出の文章を加筆・修正。