飯島章嘉
ⅰ
死を教える祖母
墓地に立つ祖父
逃げる父
母は捨てた
兄は堕ちた
姉は隠した
叔母の匂いと色
子供は愛されている？
ⅱ
高い水草の生える湿地帯で生まれた男や女は
高い水草の生える湿地帯で外を向いて車座になった
ここに家族が始まる
父と呼ばれる者 それは逃げる者だ
過去のない父は誰よりも家族の来歴を恃んだが
家族と湿地の町から逃げた
連れの女は父から逃げた
母と呼ばれる者 それは捨てる者だ
母は少女期を捨て家族の来歴を手に入れた
でもまだ捨てなければならない
湿地に積まれる母の廃棄物はうずたかく聳えた
兄と呼ばれる者 それは堕ちる者だ
兄は「他所の場所」を信じてジャムプした
そのために兄には筋肉が必要なのだ
しかし湿地帯に落下してしまう
姉と呼ばれる者 それは隠す者だ
姉は墓地に隠した 血にまみれた勾玉を
恋人たちにまみれ
まみれた生活を隠した
子供は湿地帯に産み落とされた
父と母は祝福し
兄と姉は失笑し
子供は家族の唾にぬれて
家族となった
ⅲ
ひと月ごとに母は卵をつくり
日をおかずに父は精液を奔出させ
とめどない二人の行為は
とめどなく醜い子供を産み続ける
産まれた子供は葦の揺り籠の中で
水鳥の鋭い視線からまぬがれた
あるいは堕ちた鳥に連れ去られた
兄と姉の囁く声が部屋の空気を縫っていく
それは真冬の布団の中での暖のとり方だ
翌朝兄は自転車に乗って
湿地帯を出ると姉に語った
姉は子供をあやしながら聞いていた
姉は兄の言うことなど信じていない
姉は新たな家族をつくるために
湿地帯を出た
しかし父と母のつくった家族とそっくりの家族を
別の湿地帯につくるだけだ
兄はうつむいて女の跡を着けた
兄の机の引き出しの中に
印の付いた地図と
女の一本の髪の毛があった
不自然な兄の妄想はそれらによって強固だ
天井の方から祖父は呼ぶ
どこから どこから
子供達は歌う
「ここだよ ここだよ 長押だよ」
叔母の茶箪笥の柄
夏の単衣の柄
なぜか子供は笑いが止まらない
子供の笑いは叔母をややイライラさせる
子供は庭に出て深呼吸をしてみる
笑いがようやく止まると足元にヒキガエルが蹲っていた
祖父も祖母も死の周りを回っている
祖母の葬儀が知らされ
近隣から人々は集まる
夏の暑い夜をそれ以上に暗く
人々は見合った衣装で覆い尽くす
子供は玩具を手放さない
しかし玩具は不穏な形状で重すぎるのだ
ⅳ
葦の
葦牙（あしかび）の
あまたの目が
見詰める
中で
家族の行為は続き
記憶を塗りこめる
行為が残るだけだ
生き死にに関係のない
人と湿地帯との関係
「身内」という言葉が
波打つ
岸辺へ
潮はない
広大な湿地帯だ
広大な記憶が水没する
ⅴ
祖母は教えず？
祖父は立たず？
父は逃げず？
母は捨てず？
兄は堕ちず？
姉は隠さず？
叔母は匂いも色も失い
子供を円陣の中央に置き
高い水草の生える湿地帯で
外を向いて車座になり家族は唱えた
「家族が新たに始まる」と
聞く者のないその声に
水鳥は飛び立たず
声を上げず
ⅵ
新たに家族は見苦しく生まれる
