詩画集『夏の楽譜』

まどろむ海月・詩、田中義之・イラスト

誰が投げたか 空の底に小石が一つ

果てのない青い花の野に

生まれたばかり白の風紋は旅立つ

それは水溜りに揺れる夏の楽譜 

硝子のまぶたに透ける午後

昼の月は淡く微笑む

飛ばした紙飛行機に 少年自身が乗っていて

誰も傷つけたくない老人は

緩慢な死に向かってボートを漕いでいる

揺らぐ陽炎の運河を

銀海へ航行する豪華客船

紙吹雪 絡まり乱舞する十色テープ 花火

気をつけて 白鳥座の近くに 巨大な氷山が

炎夏の危ういバランス

遠い微笑みは秋の水に浮かんで

自転車の人は倒れない

走り続けているかぎり

建物の隙間には虹彩の文字盤

少しゆがんだ時を刻むのは

黄昏の灯火に誘われているから

白い虹の海辺から

セピア色の距離へと少女の足跡

星の瞬きがせつない夜

死者たちを悼む竪琴に

銀河をゆったりと泳ぐ白鳥

見送るいるかは 初恋を抱えたまま

炎の涙が昇華し

散りばめられた光彩の

上空を切る高圧線の名は

一瞬に置き去りにされる

はなやぎの漣が広がり

煙の巨人は叫ぶが

底知れぬ闇は隠された

消えては映る木霊と

思い出の紫陽花を浮かべて

やがてすべてが銀河とともに 退いていく

遠い夜の街の哀しみに

流れ落ちてやまない星

願いは燃えても沈黙は深まり

海月と海星は寄り添うが

それは 地平の彼方の儚い出来事

存在を隔てる罪と罪の狭間は

僥倖たる生を無意味化し

林檎は手からこぼれ天使は

全能者の御許に去っていった

ええ あのひとは もどってはこない

もう…

 

ねえ 星影の湿ったところから

薄明は抜け出したよ

風に腰掛けていた夜明けは

川上に揺れる微笑を流している

大気の重力から解き放たれて

心を支えつづけた友の

顔さえ見ずに歳月は過ぎ

生死の境のあいまいな関係に

朝は久しくまどろんだまま

そびえ立つ波のすべてを 受けとめている . . .

Ⅲ 紫陽花よ

黄昏たちの回廊

夕闇に漂う影が伸び

遊び疲れた風がぬける

空の帰り道

からん からん

温かい背中に燈った

川面のまどろみ

紫陽花の青の向うに

匂い立つ夜の静けさ

蛍を追いかけた

影絵のような

少年の憧憬

風にさらされ

月明かりで見た

ビー玉の中の

遥かな星屑

に重なる

山の彼方への旅

ああ ほんとうに

何が 人のさいわい

なのだろう

街灯りが

とおく とおく

M67星団のようだね

紫陽花よ