舞踏映像「昼下がりのバッカス」を振り返って

北條立記

 「昼下がりのバッカス/Afternoon Bacchus」とは、2022年8月に私が舞踏家細田麻央と行った公演タイトルである。その後、その収録映像を編集して一つの映像作品にした。

 公演は埼玉県蓮田市のコミュニティーセンターの集会室を会場とした。

 この古い地域センターの集会室は、小学校の体育館に赤い幕のある少し大きめのステージを設けた、詰めれば300人も入る広い一室である。

 午後3時開演であったため、「昼下がり」とついている。「バッカス」とは、ローマ神話におけるワインの神であるが、踊りやクラシック音楽の題材にもされてきている。

 公演は1時間であったが、映像を見返す内に、私の中に土方巽などのような映像作品に仕立ててみたいという欲望が強く湧いてきた。

 そこで15分程度に映像を切り取って編集したのが、本作品である。

 公演は10数曲をチェロ独奏、1曲のみCDラジカセから流したピアノ音源に合わせたチェロ演奏、そしてそれらに乗って踊りが入るというものだった。 

 映像作品にする上では、その中から以下の3曲を順に抜き出した。

・フランス近代音楽の作曲家であるガブリエル・フォーレの「エレジー」(これがピアノ伴奏を音源で流してチェロを乗せた曲)

・有名なバッハの「アリオーソ」(原曲はチェンバロの協奏曲の一楽章であり、この旋律はよく抜き出して演奏される)

・バッハのチェロ独奏曲である無伴奏チェロ組曲第1番の「プレリュード(=前奏曲)」

 映像化する上でこだわったのは、踊り手の精神性を私の感覚における色彩表現により可視化することである。コントラストの強いモノクロ、それにより強い影を作ることによる光の強調。ジャギーな映像処理や、特定の色域の強調により、迫るものを見せようとした。その処理は、土方巽や寺山修司のような日本の戦後前衛芸術の映像の色彩表現の影響もある。

 撮影場所が体育館のようなところであり、特別な文化財的遺構でもモダンな美術館のような綺麗な場所でもないのを、逆利用して、いかに素朴な場所で撮影したものを、精神性だけをうまく抜き出して表現できるかというところを、企図した。

 公演というのは何も、背景が美しいところだけでなく、一見飾りのないところでも、魅力ある表現により、独特な空間を作れるものである。観る人を、背景ではなく、演者自身の動きや音に集中させられれば、ということである。

 映像構成としては、「エレジー」つまり人生における「哀しい歌」から始め、最後、バッハの長調で書かれた明るい曲「プレリュード」で終わり、日常の中の光を表現する、というもの。

 それら2曲の間に位置する「アリオーソ」はある種の落ち着きのある神聖な空間である。

 細田麻央のこだわりとして、公演の最後は光で終わる、というのがある。

 アンティークドールのような人形的動きの表現も伴い、舞踏として白粉で顔や手を白塗りし、パッチリしたアイメイク、動きのフリーズや極端にスローな滑らかな動きといった、この舞踏家独自の表現。それらを用いながら、「大地の豊穣」「生きとし生けるものへの愛」を伝え、そのための柔らかい光の表現がある。

*本作品は光栄なことに、今年(2023年)1月、グルジアのダンスフィルムフェスティバルの実験映像作品部門にてOFFICIAL SELECTIONに選定され、現地放映された。

細田麻央メッセージ

いちばん近くで踊った踊りの動画が、すごく遠くに行ったことに驚いています。

わたしの踊りの理想的なひとつのかたち。小さな共同体の中で、野菜をつくる人、家をつくる人、服をつくる人、アートをやる人、何か企画する人、とか、それぞれ得意な事をして、みんなで協力しあって生きる、その中での踊る人、踊りの役割…… というイメージがあり、 農村地帯のコミュニティーセンターで、地元の方々を前に踊る、というのは、そのイメージにとても近い事だったのです。 

わたし自身が踊りながら感動しっぱなしでした。 

それが地元の観てくださった方々だけでなく、海を越えた向こうの人や、ネット上で観てくださった方たちにも届いたのかもしれません。

こういう機会や展開をつくってくれた、北條くんにも感謝です。 ずーっと若い頃から、見守って、励まして、支えて来てくださった舞踏の世界の方たちにも、感謝でいっぱいです。

〈細田麻央公演告知!!〉

2023年3月21日(火)、埼玉県蓮田市コミュニティーセンターにて、舞踏家細田麻央が、琵琶奏者の谷田部晃功と共演!入場無料!!

〈演奏会告知!!〉

2023年3月19日(日)、大倉山記念館(横浜市)にて、北條のチェロ独奏演奏!。

大倉山記念館主催「寄り道コンサート〜チェロで奏でる 日本の調べ、西洋の名作〜」