詩「生き物ソネット」四篇

飯島章嘉

第一篇 犬

 

転がる空き缶を追う犬

犬は追う生き物だ

しかし犬は追わない

目前の暗闇を

 

餌の残りを掘った穴に隠す犬

犬は穴を掘る生き物だ

しかし犬は掘らない

飼い主の墓穴を

 

わたしはそれを不誠実だと考える

少なくともわたしだったら

目前に在るものはすべて追う

 

わたしは犬を不らちだと考える

わたしだったら

殺した者の墓はすべてわたしが掘るだろう

 

 

第二篇 毛虫

 

湿気と暑熱が凝り固まるジャングルの奥

そのはば広の葉の重なりを覗きたまえ

黒く蠢くものこそ無数の毛虫

黙々と食べ累々たる糞を垂れる

 

糞は山となりジャングルとなる

すなわちジャングルとは彼らの糞であろう

濃緑の闇の濃い体の深奥は毛虫

ジャングルの正体を知る者はいない

 

糞とはバナナの葉と羊歯の葉であり

光る瞳孔の黒豹の母であり

黒豹の餌となるバクどもの父

 

サクサクという咀嚼音は大きくなる

光を食い光を生み闇を食い闇を生み出す

世界の裏がわに無数の毛虫が貼り付いている

 

 

第三篇 トカゲ

 

焼けた石の上を滑らかにすべる水銀

光ったかと見えてそこにはない

それは一匹のトカゲ

生き物であることを頑なに拒否する

 

草むらに放られたまま忘れられたナイフ

発見からまぬがれる殺人事件の凶器

それは一匹のトカゲ

自らを人殺しの道具として疑わない

 

このきめ細やかな爬虫類が歌うことはない

歌えないのではない

信じたものに歌はいらないのだ

 

生物の汚名をしりぞけ

金属の栄光を生きるトカゲは

腐食しないように日向に現れ日向から去る

 

 

第四篇 猫

 

合歓の木の上で眠りをむさぼる不らちな内臓

不透明な猫が目覚めたところだ

今そこにいた所に白っぽい魂を残して

静かにとなりの木に移る

 

走り去る猫

睾丸は膨らみ過ぎて目玉と区別がつかぬ

瞳孔を縦長にして

静かにとなりの木に移る

 

なぜ許されるのか その怠惰を

鳥類の動きすら追わず

「あしたのてんき」のみに耳そばだてる

 

猫は廃墟の比喩となるべし

猫は藻屑の比喩となるべし

空から尿が激しく降り出す

 

 

生き物ソネット四篇 了