書かれた―祖母  「家族譜」より

飯島章嘉

 

 

 

 

まず死を見に行く

ここから始る

コントロール出来る死をいただく

痴呆症の祖母から

空き家の前の側溝でつまずく

湿地帯とくねる道に隠される祖母

空き家の前の側溝でつまずく

痴呆症の祖母から

ここから始る

コントロール出来る死をいただく

まず死を見に行く

 

 *

 

祖母の呼ぶ声が聞こえる。

こどもは家と家に挟まれた。

見上げると黒い軒があった。

こどもはその色に漏らしてしまった。

温かみが腰の周りに絡んで来ると

足元には溜りが出来始めた。

 

家の中は冷えきっていた。

その中で祖母は小遣いを用意して待っていた。

糞とスルメも用意し待っているのだ。

こどもの掌の中でそれは黄金色に輝いた。

 

正面に「お客さん」がいた。

こどもは「お客さん」の目を盗み

家具の隙間に入った。

手持ち無沙汰ではなく

はっきりとした快感に手はペニスに置いておく。

祖母は一部始終を知っていた。

もちろんこどもはそのことに気付いていない。

 

子供のお使いは同じ物だ。

おから 納豆 鼠捕り 犬捕りなどを買いに行った。

空の買い物籠だけが日中に去り難い。

それで縁側はある。

夜になった。

縁側を這う祖母がいる。

 

祖母は飼い犬のシロを呼び止める。

祖母の母の名を呼んで呼び止める。

祖母には母の姿に見えている。

 

祖母の肥満体の体が回転する。

町の誰もが祖母を知っていて

祖母も町の誰をも知っている。

祖母は体を回転させながら

空を飛び回り

町の上空を旋回し

湿地帯に着陸する。

町中がそれを見物し

飛行を祝福する。

穏やかに笑顔を人々に贈る祖母。

 

祖母は死んだらしい。

祖母はいつも死んでいるのだ。

だから 子供が祖母の遺体に寄り添うのも

いつもの事だ。

 

見たこともない僧侶たち。

崩れた土塀の向こうから

瓦礫を乗り越え乗り越え

幾人も幾人も現れる。

派手派手しい僧衣と

読経の大声が湿地帯に色彩の氾濫と 祭りのような喧騒を招く。

 

今や町のすべての人が湿地帯の祖母の遺体を見に来ている。

家族はこっそりとろろを食う。

誰もいない 家の暗がりで。

ひんやりと涼しい線香の匂いの暗闇。

子供も母の足元でとろろが垂れて来るのを待っている。

 

死は祖母のためにある。

祖母は死ぬために生き

家族みんなで死者になった祖母に感謝をする。

 

 *

 

先ず死を見に行く

コントロール出来る死をいただく

町角の葬式はゆっくり菓子を配る

ゆっくり犬が血を流している

祖母が死んでいる