わがアルバイト人生すごろく〜1

野原広子

 私は児童労働者だった、なんていうと次に続く言葉は「児童虐待」かしら。いやいや、そんなことを言いたいんじゃないんだけどね。

 私がお隣りのおじさんからたばこ買いを頼まれて「はい、おだちん」と手の上に10円玉を乗せてもらったのは小学1年生の初夏のこと。

 わざわざ「初夏」といったのは小学校にあがる直前にちょっとしたアクシデントがあったからなの。家の出窓から肩から落ちて鎖骨を骨折したのよ。一学期の間は肩から右手を釣って固定していてそのさらし布が取れたタイミングで、たばこ買いを頼まれたんだわ。思えば私のアルバイト人生はこの時から始まったのね。

 

 父親が早くなくなって家が貧しかったので、「小遣いは自分で稼げ」というのが母親の口癖でね。タバコ買い、のちにアルコール中毒のなったおじさんの焼酎買いは私の日課になったの。隣のおばさんは働きに出ていて、そのスキにおじさんは私を呼ぶわけよ。おばさんから「私が小遣いをやるから酒を買いに行かないで」と横やりを入れられたこともあったけれど、「ヒロコ〜」と隣から呼ばれると行くしかない。おばさんだって最後は放任だったね。

 

 小学校の3、4年になると茨城県はたばこの産地になり、どこの農家でも作るようになっていったのね。それで春先になると農家から苗を植えるポットをつくる仕事が回ってきたの。農家の庭先に座って木の薄皮でできた長方形を折って、正方形の小さな箱をつくるんだけどね。学校帰りにたばこ農家の子から声をかけられると大喜びでついていった。

 外の座り仕事だから寒い日は日向をみつけて移動しながらで、だからそんなさ中に配られたほくほくのふかし芋は忘れられないわけ。

 

 この仕事は子供とはいえ完全に歩合制で、何個作ったか雇い主がノートに書いて賃金をもらうからみんな必死よ。少しでも効率よく仕上げるにはどうしたらいいか、お兄さんやお姉さんの手元を見たりしてね。

 今にして思えば、このアルバイトは私にいろんなことを教えてくれたんだわ。農家といっても扱いはそれぞれで出荷できない細いサツマイモをいっぱいふかして待っていてくれた農家もあれば、子供だと思って数え間違えたふりして賃金をごまかす家もあったの。高度成長の昭和40年代とはいえ、田舎にその恩恵が届くのまでには時間差があったのよね。

 

 かなり大きな農家でもぬりえはあったけどお人形やおままごと道具はない。子供の遊びにお金をかける習慣がないのよ。そこへいくと商店や職人の家は華やかで二段ベッドつきの子供部屋、ステレオ、オルガン。子供だから貧富の差、なんて思わないけれど、遊びに行って面白い家とそうでない家があって、つい足が向くのはおもちゃの数もさることながら、おばさん、おじさんがいつでもニコニコしている家だったのよね。

 

 どんなにおばさんがニコニコしていても、絶対にしたくないアルバイトもあって、それが子守りよ。昭和3年の農家生まれの私の母親は、リアル『おしん』を生きた人。子供の背中に乳児を背負わせるのは当たり前と思っていた最後の世代だと思う。知人から頼まれればカンタンに引き受けて、小学2年から3年の私に、「行ってこい」と命じるんだわ。

 

 その子の家の座敷で遊ばせるのはいいのよ。でも乳児を『おぶいひも』で私の背中に背負わせるおばさんもいて、「そのへんに遊びに行ってきて」というんだわ。

 寝た子は重い。泣くと憎らしい。背中で感じたしっとりと湿ったぬくもりは恐怖でしかなかったっけ。

 だけどおかしなことに同じ乳児でも11才年下の弟はかわいくてたまらない。背中の重みだってうれしいし、泣くと本気で心配したんだよね。愛情があるとないとではこんなに違うのか。てか、子守りはお駄賃で縛って他人の子供にさせることではないと、これは今でもそう思うわ。

 

 アルバイトは小学校高学年になると、家の前の養鶏所の卵集めをほぼ毎日頼まれるようになったの。約1時間で50円くれたのよ。それから中学2年ではヤクルト配達をしたし、高校時代は酒造メーカーで瓶洗いや筑波山でアメリカンドックを作って売ったり。

 上京してからも定職についたのはほんの短い間で、喫茶店のウエイトレスをしたかと思えばデパートでスキーウエア売り場に立ったり。ライターになってからも諸般の事情でホテルの客室清掃員をしたっけ。

 

 そんな“アルバイト人生”の私が最大の鉱脈をあてたのは4年前のこと。ひょんなことから東京は帝国ホテルの地下の一室で、私の実家の近くが選挙区の衆議院議員Tさんと知り合ったのよ。

 

 ライターとして女性週刊誌で記事を書いたり、編集をしたりはしてきたけれど、元はといえば田舎の農業高校卒のその日暮らし女。その私が、政界進出? ちょっと、それはやり過ぎなんじゃね? と、私自身も思わぬでもないけれど、転がり出した玉には乗るタイプ。

 さぁ、何がどうなったかは、次号で。