詩と写真『ユーモアの森から』

まどろむ海月

 

 1 夜と私

 


夜がやって来た

挨拶がわりに
手元にあったまたたびをさしだすと
なんと 長い舌を出して べろっとなめ取った

裏返しになってよだれを流し
でろでろになったところを見ると
どうやら 夜は 猫科らしいのが知れた

しきりに もっとくれろと せがむので
そんなにだらしなく酔っぱらわれては 二度とあげられない
明晩 きちんと出直して来たら 少しだけなめさせてあげよう
と言ったら よたよたしながらひっこんで行った

翌晩 夜は 綺麗な黒猫の姿でやって来た
またたびをなめさせると ごろごろと気持ちよさそうに
身体をなすりつけてくるので しばらく撫でてやっていたら
やがて満足したのか ゆらゆらと 窓辺から姿を消した

夜はいったい何処で寝るのだろう
いや そもそも昼間は何をして 何を食べているのか
いろんなことが気になって 毎晩来るたびに聞いてみるのだが
夜は人間ではないし 僕ときたら 猫語でさえわからないものだから
疑問は増えるばっかしだった

つい おまえこんなに僕を悩ますばかりで いいと思っているのかと 責めたら
次からは 夜が去った窓辺に 頭の無い蛙や蜥蜴などが 置いてあるようになった
夜は意外に律儀な奴なのだった

こんなことが続くのが 我慢できなくなって
ちっとも嬉しくなんかないや それよりおまえの恋人でも見せてくれたらどうだい
なんて また きついことを言ってしまったものだ

夜は 黙ってしまい 恨めしそうな顔をすると
いきなり 突っ伏してしまった
そして うっう おっお と 声を抑えて
嗚咽(おえつ)しているのだった
えらいことになってしまったなあ と
驚くばかりで 慰めかねていると

いきなりあたりがまぶしい光に包まれて
その中に 一りんの白百合が咲いている風景が見えた
まばゆい光が凝縮していくと それは白い梟の姿になって
夜空に消えていった
夜も哀しみの 感情を湛えたまま 姿を消した

そうか あの夜の恋人は あるまばゆい朝 だったのか

あの夜は もう 二度とは帰って来なかった

夜にだってプライバシーはあるのだから
あんなことは聞いてはいけなかったのだ
夜は心が痛くて 毎晩僕のところに来ていたのだ
それが 今は切ないほどわかる

 遠い日のオパール色の憧れ
 あの白梟は 私の妖精に
 不思議に似ていた

 

2 ねじ式クロネコ るる

 


るる は ねじ式
ぎこぎこ
いぜんは そうじゃなかった

いくない魔法使いめ
しどいめに あわせるじゃあにゃいか
ぎこんぎこん
鼻をかじったぐらいでなんだい

あたちはあきらめにゃいからね
ニャギャックリクリ
あんたの山高帽もステッキも
いつかは あたちのもんだ

町外れの路地裏で
レンガ造りの屋根の上で
アステアよりかっこいく
踊り回ってあげじゅから

だってあたちのセンスは抜群
クールな秘術で真っ直ぐ勝負
宇宙に魔法をかけてやでゅ
ぎこぎご
みんな春色ピンクに変えちゃうもんね

ふふん ああ たのしいにゃ
ネコは七生 いつかはかなう
今に見ていにゃ と想うだけで
この不自由なねじ式まで
楽しめちゃうにゃあ
とりあえじゅはこのままでもいいか
ぎっこんぎっこん

(じぶんで ねじ巻かなきゃにゃんないのは ちと めんどいでち)

 

 

 

 

 3 あの頃が来た

 

扉を開けると
土砂降りの雨の中に
あの頃が立っていた

あの頃とは違って見えたが
私には直感ですぐに解ったのだった

成熟した女性の姿のあの頃は
招き入れると ずぶ濡れのまま
私の胸に倒れこんできた

何枚ものバスタオル 熱い風呂
まっさらのシーツ まあとにかく今
あの頃は私のベットで寝ているのだった

あの頃は人間で女性だったんだ と言うと
人間じゃなかったけど 女性ではあったのよ
と答えて 寝てしまったのだった

どぎまぎしてしまうほど美しい身体をしているのに
あどけないほど安心しきった顔で寝入っているのはどうしたことだろう
ベッドの周りをぐるぐる回りながら あの頃のことばかり考えて暮らしていた日々に
どうして戻ってきてくれなかったんだよ なんで今更 等々とわめきたくもあったけど
結局 足音をしのばせて何度も 綺麗な寝顔に魅入るばかりであったのだった

目を覚ます気配もないまま 深夜になった
いろんなことを考えすぎて もう頭はごちゃごちゃだった
眠いし 寝るとこないし 添い寝しちゃうもんね
返事がないから 入っちゃった
肩を抱くと柔らかいし 髪は好い匂いがするし
おいおい あの頃に欲情するなんて 相当の変態じゃないのかなあ
窮鳥懐に入れば何とかかんとかとも言うしなア
煩悩やら理性はどうしたやら良心の呵責やらなんやら
あの頃の産む子供は今頃の子供になるんだろうか等
お馬鹿な頭はますます混乱が窮まり 疲れてちょっと瞑想と目をつぶったら
不覚にもそのまま 気持ちよく寝入ってしまった

あの頃の夢は バラ色だったり七色だったり
チョー幸せなものでありました

先に目を覚ましたのは私
肩を抱かれたまま健やかにまどろんでいるあの頃
もう嬉しくて思わずカーテンをあけると
朝の光の中に溶けこむように
消えていった


すっかり落ちこんだ数日が過ぎると
不思議に幸せな日々がやってきた
どうやら心の中に
あの頃の子供を宿したのは
私のほうであったらしい

 

 

 

 

 4 あの頃の子供

 

 『子供だったあの頃は
  あの頃の子供にきっとそっくりだったのだ、というか、
  いや…』


あの頃の子供は、近ごろの子供とはずいぶん違っていた。
産んだ僕が男なんだから、ま、当たり前か。
朝、やたら唇をなめてくるやつがいるので、よせやいと目を開けると、
平らになった腹の上にちょこんと座ってこちらを見ている
小さな女の子が、あの頃の子供だった。

どうせ幻覚だろうし、かまっていたら遅刻しちゃうし、さっさと朝の支度を済ませて
朝ごはんを食べていると、背中からよじ登って僕の首や頭に抱きついて遊ぶのだ。
可愛いので何か食べさせようとしても、一向にほしがる気配がない。
休んで一日付き合うかと一瞬切なく思ったのだが、
今日は大事なクライアントと外せない約束があるので、絶対に休めない日なのだ。
食べられそうなシリアルとかミルクの皿をテーブルに並べて、
おとなしくしておいでと言い聞かせて家を出た。

鍵をかけて小走りに駅に向かったのだが、
いつの間にか手をつないでついてきているではないか。
しょうがないので一緒に電車に乗ってしまったのだが、
明らかに他の誰にも見えていないようだ。
電車の中でも、僕の頭や首に抱きついてご機嫌に遊んでいる。

職場ではメタボな腹が急にすっきりしたので不思議がられたけど、
やはり誰にもあの頃の子供は見えないようだ。
こういうことを正直に周りに話す人がたまにいるみたいだけど、
僕は賢いので絶対に話さない。病院送りなんてとんでもない。
ところがクライアントにあった途端、姿を消した。
驚いたり探したりする余裕はないから、何事もなかったように対する。
(するとやっぱり幻覚だったのかなあ?)

超多忙な一日を終えて帰宅の途について急に気になってきたけど、
きょろきょろして挙動不審者に思われるのもまずい。

どきどきして玄関の扉を開けたが、いるはずはない。
ところが、庭のほうで気配がするので、あわてて覗いてみたら
バッタを追っかけているではないか。捕まえたのでやばいと思い、
「おいやめろ!」と声をかけたが、すっかり野生になったきらきらする目で、
こちらを見てずるそうににやっと笑って、とめるまもなく口に放り込んでしまった。
あわてて口をこじ開けようとしたら、もがいて引っ掻いたあげく、
ゴクンと飲み込んでしまった。どうしよう、医者に連れていくか、と思ったが、
こちらのほうの異常が疑われるにきまっているので、様子を見ることにした。

翌日からの3連休、結局何事もなく、いたって元気で戯れてくる。ゴキブリなんか食べると
やばいな、と思っていたのだが、それはなく、コオロギとかほかの昆虫も食べない。
精霊バッタしか食べないし、明け方の草の露しか飲まないようだ。
そのうちおなかを壊すから、頼むからやめてくれよ、と言ったら、
何とかシリアルだけは食べるようになってくれた。(メーカーは例のマークがついたやつ)

初めは首の上で寝ていたが、大きくなって今は胸の上で眠る。
朝は目覚ましみたいに、唇をなめて起こしてくれる。
トイレに入っても、風呂に入っても、ドアの前でちょこんと座って出てくるのを待っている。
誘っても風呂は嫌いみたいで絶対に入らないが、ちっとも汚れないし
薔薇の蕾の匂いしかしないので、そのままにしている。
風呂上りのゆであがった足が大好きで、なめたり抱きついたりするので、
「おいやめろよ」と言うと、噛んだりしてくる。
テレビや音楽に熱中していると棚の上のモノをわざと落とすし、
読んでいる本や新聞の上に座って妨害するし、長電話なんてとてもできない。
ひどく機嫌を悪くしてものをぶつけてくるのだ。

半年も一緒に生活していたら、なんかすっかり少女らしくなって、
白いフレアーのワンピースしか着ないけど、ほっそりとしてよく似合っている。
ふるまいも少しよそよそしくなった気がするが、まあ、これが成長ということだろう。
ふと
 『子供だったあの頃は
  あの頃の子供にきっとそっくりだったのだ、というか、
  いや、ひょっとして、あの頃そのものなのかもしれない じゃないのか…』
と、思ったとたん、こちらをちらっと向いて、さみしそうに笑ったと思ったら、
みるみる大きくなって、なつかしいあの頃の姿になって、その一瞬に消えていった…

ああいやだ、また置いておかないでくれ、と泣き叫んだが、
もう取り戻しようがないのは、わかっていて、一日中、涙が止まらなくなって


あの頃は あんなふうに戻ってくるんだ
子供だったあの頃を見せたくて
あの頃の子供 いや
子供だったあの頃さえ失ってしまった僕は
いったい何がいけなくて と思うと 訳がわからなくて
休みのたびに 一日考え続けて涙がとまらず
泣き疲れて眠ってしまうと
翌朝は不思議にすっかりすっきりして
意外に元気よく
職場へ向かえるのだった