わがアルバイト人生すごろく〜2

野原広子

 

 ヤングケアラーならぬヤングワーカーで、7才から小遣い賃稼ぎをしてきた私が上京して靴屋の店員になり、その後、いくつかの幸運をつなげて週刊誌の記者になって45年。思えば気の遠くなるような長い月日が流れたんだね。

 ライターとして女性週刊誌で記事を書いたり、編集をしたりはしてきたけれど、しょせん田舎の農業高校卒のその日暮らしのアルバイト人生。そんな私が最大の鉱脈をあてたのは4年前のこと。ひょんなことから東京は帝国ホテルの地下の一室で、私の故郷を選挙区にしているT衆議院議員(69才)と知り合ったのよ。

「そうそう。今日は国会議員の先生をお招きして話を聞くんだよ」と言っていた政治好きな都会人で30年来の男友だちIさん(74才)は、典型的なパーティーピーポー。その日、誕生日の彼はいつも以上にドヤ顔をしていたけれど、まさか「こんばんは~」と耳なじみのいいイントネーションで入ってきたその人が同郷の人だったとは!

 その奇遇に驚いた私はさっそく、「私、役に立ちますよ」と売り込んだの。とはいえ、政治は「国会中継の“音”が好き。選挙速報の緊張感がたまらない」という程度。どんな役に立つのか具体的に言えといわれても困るけれど、アルバイトを志願したのは面白そうという勘が働いたからだ。

 で、たまたまT議員の事務所も人手が足りなかったのね。すぐに採用になって主な任務は、選挙区の小学生の国会議事堂案内。これは知識より体力勝負でね。毎回、地下の集合所から本会議場のある3階まで小学生といっしょに一気に登りきるの。

 1日3校も見学がある日は、最後の1校になるとこれから登る階段を前に気合いを入れたくなる。

 すると想像以上のことが起きるんだよね。ある日のこと。「さあ、これから168段の階段を登ります。○○小学校6年生一同、気合の見せどころです!」と自分を鼓舞したくて声を張ると、目の前にいた男の子が言いも言ったり、「パワハラ!」。もう、あははと笑うしかなかったけれど、なんという言葉のセンス!。

 子供のいない私はこうした子供とのやり取りが新鮮で、国会案内の日は朝からわくわくしたっけ。それがコロナ騒動が始まった2年前からバタッと止まった。そして私の接待相手は子供から大人に代わったの。

 衆議院会館の議員事務所には地元茨城から首長から市議会議員、各種団体の役員など、さま

ざまな人がやってくる。その方々を会議室に通してコーヒーをお出しする。中にはコチンコチンに固まっている人もいるから、「どぢらがら来たんですか?」と茨城弁で話しかけると、一瞬で肩の力が抜けて顔には生気がみなぎるから、「あだし(私)、さぐらがわ市なんですよ」と畳みかける。たちまちおじさんたちと笑顔で茨城弁が交わされるというわけ。

 その話を東京で生まれ育った人に言うと「そりゃあ、政治のど真ん中に来たら緊張するよね」というけれど、そんな生半可な話じゃないの。茨城弁という壁がどれだけ大きいか。「えーっ、ふつうに茨城弁を話せばいいじゃない」と言うけれど、まったくわかっちゃいないねぇ。

 見渡す限り田んぼや畑の茨城から、ビルだらけの東京に来たんだよ。そこで同じ郷里出身とはいえ、金バッチの議員とこれから会談すると思うと‥‥。そんな心情が茨城人の私にはよくわかる。そんな彼らを“ネイティブ・茨城弁”で和らげるのは私の得意とするところわよ。

 ちょっと苦手な人たちも来る。国会の会期中、議員事務所にいちばん大勢来るのは霞が関のお役人たちだ。ちまたでは「高級官僚」とか「上級国民」とか言われる人たちで、議員が質問や答弁をする前に、入れ代わり立ち代わり彼らからレクチャーを受けることになるの。

 まあ、お役人さんはお行儀がいいというかね。「淹れたてです」と言って香り高いコーヒーを目の前に置くと、「はっ、ありがとうございますッ」とキチンと頭を下げてくれてくれるけれど取り付くしまがない。

 各省庁には、国会で議員にこんな質問をして欲しいという方向があって、それを筋道たてて議員に因果を含めるのが仕事らしいの。内容がややこしくなると数時間、会議室にこもることもある。

 そんな彼らも議員から思わぬ反論を食らうと、役所に戻って「やってられっかよ」と書類を机に叩きつけている、という話を、つい最近、風のうわさで聞いたけれど、そりゃそうだよね。

 国会議員、地方の政治家、秘書、お役人、各種団体職員、民間人、そしてマスコミ。国会会期中の議員会館にはいろんな人が行き来している。それがいつの間にか私は7、8割の確率で見分けがつくようになったんだわ。

 胸のバッチとエレベーターでの会話、それから全身から漂う雰囲気、特に立ち姿がまるで違うんだもの。私だけじゃない、受付の人や国会の警察官、衛視さんたちも数年、ウオッチしたらわかるはずよ。それから野党議員と与党議員の違いもなんとなく‥‥。

 とはいえ、アルバイトはアルバイトでね。永田町で誰かと顔見知りになったからといって、政治がわかるわけではないんだけどね。お茶くみをしても飽きることがないんだから、よほど面白いんだと思う。