芸術体験とアジールに関する試論

   山田 浩貴

 

【アジール(ドイツ語 Asyl)】

意味:聖域、平和領域、避難所。犯罪者、負債者、奴隷などが逃げ込んだ場合に保護を得られる場所。

以下、「アジール」という言葉を、一般的ではなく拡張された意味において使っている。

 

CG制作::山田 浩貴

 

 芸術作品(以下「作品」と略す)を制作することは、非日常性を帯びた「もうひとつの世界」を創造することである。この世界の中で、日常を生きる人々に作品というアジール、すなわち、非日常的な居場所を提供することは、作り手の使命である。

 

 作品が作品たりうるためには、作り手と受け手とが共有する時間と空間が必要である。それがアジールで、非日常的な特徴をそなえている。額縁のようにトリミングされた時空間がそこにはある。

 

 例を挙げるならば、美術館、コンサートホール、劇場、映画館もアジールとよぶことができるだろう。そうした場所においては、日常性を脱いだ、非日常的な芸術体験をすることができる。もし、できないなら、受け手は不満を抱くだろう。

 

 この世界にはいろいろなところにアジールがある。其処此処(そこここ)に、非日常に通じる「みち」がある。

 

 身近なところにもアジールはある。

 

 それは、究極的には、誰もが持っている「心」である。それこそアジールではないだろうか? 心によって、われわれは作品をつくり、味わうことができる。自分の中にこそ、日常からのがれるための避難所がある。

 

 たとえば、尾崎放哉の句に、「咳をしても一人」がある。これなどは、自分自身の心をアジールとした典型だろう。孤独の境地にありつつ、ユーモアさえ感じさせるこの句は、あくまで自分の中で完結しているように見えながら、現在、こうして受け手に届いている。このようにして、作り手と受け手の間にもアジールという時空間は存在しているのである。

 

 

初出:note 「山田 浩貴――芸術の楽園」(2021年3月30日)。初出の文章を加筆・修正。