夢日記『バカンス』

ゴーレム佐藤

 キューバはハバナ。

 気持ちのいい風が吹き抜けるアパートの一室で僕は、ゲバラ、カストロそして元恋人の彼氏と麻雀卓を囲む。もうもうと立ち昇るコヒバの煙で手元も見えない中、ラムをあおりながらだらけた勝負が続く。抜け待ちのヘミングウェイは膝に乗せた猫の背をゆっくり撫でている。ふいに気づくイブライム・フェレールの声に部屋はいつのまにかブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ。よくみればライ・クーダーが「パリ、テキサス」の一節を弾いている。その横には僕の大好きなナスターシャ・キンスキーが寄り添っている。

 負けのこんでいる僕はハコテン寸前で少々焦り気味。

 元恋人はモヒート片手に名前はなんといったか、大きな鳥腿のドンとのったサフランの香るチキンライスを盛り付けている。

 香りに誘われているうちにノーテンで半荘終了。僕はヘミングウェイとバトンタッチして元恋人の腰を引き寄せ、フェレールの声にあわせて一曲踊る。時計仕掛けの人形よろしくくるくると、くるくると。見上げるとシーリングファンの回転と同調して、部屋が卓が紫煙が僕たちを中心に回る惑星のよう。卓を囲む4人のなにげない革命や明日の天気、蒼い海でのクルージングの話が僕らをぐるぐる巻きにして、いつしか二人は繭の中。それは秘密の時間、蜜の時。足元から溶けていく僕たちの、視線はやがて床を這う蟻の威嚇と交差して、突如わきあがる笑いを抑えながらしっとりとした時間を楽しむ。

 汗だくになってラムの酔いも醒めた僕は、カストロのイカサマに微笑みながらベランダに出て本当に気持ちのいい潮風にあたることにした。恐怖を感じるほど美しい海と空の彼方、水平線近くには、おそらくちゃぶ台に乗った漂流者がマンガのように竿の先に下着をはためかせ、今まさに白鯨に飲み込まれんとするその時が。彼女を呼び寄せベランダの手すりに身をゆだねながらそんな平和な景色を眺めていた。

 背後で一瞬大きくひらめくレースのカーテン越しに微かな憎悪を感じながら、振り向くことなく乗り出した僕の身体は彼女の手も離れ堕ちていく。くるくる、くるくる。回転しながら去っていく彼女の手を見ながら子供の頃図鑑でみた美しい巻貝の対数螺旋を思い出していた。ほどよく渦巻きに酔った僕の堕ちた先は奈落ではなくさっきと何も変わらないベランダの上。大笑いの彼女に手を引かれてやっぱり負けのこんでいるヘミングウェイと交替で卓に座り、延々と続くだらけた勝負に着いたのだった。

 相変わらず見え透いたイカサマのカストロとダントツ・トップ目の彼氏、いまいち存在感のないゲバラ。余裕の対面に座る彼氏が僕に注ぐラムを一息で飲み干し、洗牌してカストロの足を蹴飛ばしながら牌山積み。ざまあみろ、今度は積込みできなかっただろ、やるなら桜井章一ばりにやってみろ、と心で毒づいても笑顔で昨日の釣果に盛り上がる。200キロ超のカジキは圧巻だった。ところであのカジキはどうした?オレが下ろして床下の冷凍庫に詰まってる、食うか?とゲバラが言う。大笑いしながら牌パイすると、すかさず天保コールのカストロにラムを頭から浴びせ猛然とカジキをさばき始めたヘミングウェイの華麗な腕前に猫たちもしばし見とれる。

 つかの間の休戦。天井を仰ぐと眼前ににこやかな彼女の顔。何か言ってる言葉は耳には届かず、彼女の頭上で回るシーリングファンに目を回しながら息を止めて眠りにつくまでの永遠の時間を動いてるでなく止まっているでもなく、僕は両手を上げて彼女の首に手を巻きつかせそのまま倒れていくのだった。


(夢日記)

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