初投稿*滝野川クロニクル2022 ⼟地の亡霊と⾃然の召喚祭

藤井雅実

 滝野川は、東京北部に流れる⽯神井川の別名で、その川が通る北区の街の名でもある。

 「滝野川クロニクル 2022 」は、その滝野川地域に関わる歴史や環境を探り、そこに潜むものを様々な観点と技を介して喚び覚ます試みだった。多様な物や資料や映像で描き出された滝野川地域、その “ 多岐の流れ ” が響き合う不思議な空間……そして、それらの間隙や余⽩から、その地に潜む亡霊たちの気配も漂ってくる。

 

 アートイベントに地域の名が冠されると、地域活性を求める「地域アート」という枠 で括られる傾向もあるが、この企画はそうしたものではなかった。「クロニクル」とい う名が⽰唆するように、滝野川という名に関わる地域の歴史を探り、かつて「軍都」と も⾔われたこの地に潜む遺構の断⽚を掘り返したり、滝野川地域の⾃然と街の今昔の姿 を重ね合わせる。そうして、この地を織り上げている古今の様々な情景が解きほぐされ、織り直されて、新たな情景を喚び覚ます。

 会場として選ばれた北区中央公園⽂化センター。そこに近づくと、⽊々に包まれた庭の奥、歴史を感じさせる⽩亜の建物は、昭和初期、東京第⼀陸軍造兵廠(武器の製造・統括機関)本部として建てられたもの。そして戦後は⽶軍が⼀帯を接収し、キャンプや極東地図局として使われ続け、ようやく 1971 年に返還された。そして 81 年以降、公共施設として活⽤されるようになったという(註 1 )。

 このように会場⾃体が、今は奇麗に整った市⺠の公共施設の姿の背後に、昭和の戦争の痕跡や亡霊の層を重ねているイコンでもあった。

 

 

1 召喚される時の古層の痕跡群

 会場の部屋に⼊ると、壁際にあるガラスケースが⽬に留まり、美術イヴェントとは異なった雰囲気がある。戦時期の資料や古い幻灯機やタイプライター、滝野川周辺の古い地図や様々な関連史料、当地での学⽣運動を記す書籍などが、複数のケースに陳列されていた。この企画を⽴てた松原容⼦さんや参加者の⼭本亜⽮さん、市川平さんらが⽤意したこの地に関わる様々な資料のアーカイブ。

 

A 室 展⽰ケース 壁左:⼤内三枝「北区を訪ねる」壁⾯映像: 松原容⼦・坂井奈桜⼦・他「滝野川クロニクル」

 

 その中にある⼤本営報告の記事など、実物を⾒ると、今のウクライナを巡る情報戦も重なり、⼈間社会の相も変らぬ危うさが現実感を強める。市川平さんの祖⽗が戦中に作られたという絵本は、楽しい仕掛けを持つ素敵なもの。しかしそれも物語の後半ではアメリカのビルを破壊する物語。⼦供のための⾃筆絵本、出来が良い分、その裏⾯の危うさも切迫感を際⽴てる。

 ケースの上の壁には、⼤内三枝さんが作った「「戦争を訪ねる」北区滝野川編」という地域史のような紙⽚が掛けられ、下の資料群と呼応している。しかし、その本⽂は⽩い塗膜に覆われて、それが記述する対象が歴史と社会の塗膜に覆われていることを、感覚的にも表⽰している。

 そして部屋の中央には、松原容⼦さんが作ったアメリカン・アップルパイが置かれ、戦後 GHQ 統治下で⼈々の⽇常感性が急激にアメリカナイズされた変化のイコンのように、放置されたままになっている。このように、会場に⼊ってすぐの印象は、美術展というよりも特異な疑資料展の趣がまず漂っていた。

 しかしその部屋の壁を不思議な光が動いている。部屋の中央部に置かれた映写機が回転し、そこから出た映像が周囲に旋回しながら投影されていた。松原容⼦さんが撮り坂井奈桜⼦さんが⾳楽を付けた、豊かな⽊々に囲まれた滝野川周辺の情景。この地の現在の映像が、過去の資料や像や装置が並ぶ棚の上の壁⾯をゆっくりと撫でていく。発掘された遺物やそこに記された過去の象徴的記号群や画像に、今⽇という別の時の⽣きた映像が重なって、時の層をなす場が⽣成し変化し続ける。(註 2 )

 そして中空には、不思議な形の切り抜きが、天井から紐と枝でぶら下げられ浮遊している。⼭本亜⽮さんが紙で切り抜いた、滝野川周辺に住まう⿃や⿂や動物たちの群れ。地域の⽣き物たちが、切り抜きという痕跡像となって、ガラスケースに収められた歴史的⽂献や窓外の森を背景に、上記の滝野川地域映像の投影光も受け、柔らかく揺れ動いている。

 

右浮遊物:⼭本亜⽮「滝野川の⽣き物たち」

 

 さらに奥の壁際には淡彩の絵が並ぶ。軍都と呼ばれた当地にかつてあった陸上⾃衛隊の駐屯地、今は⼀部だけが残る軍⽤鉄道⽤のトンネル、そして⽕⼯廠で作られていた⾵船爆弾。この地の時の古層に潜む危うい歴史の亡霊が喚び覚まされ、浅野順さんの素描と淡彩の繊細な趣が、かえって描かれた対象に潜む危うさを伝えるかのようだ。

 

浅野順「トンネルポータル / モニュメント」「トンネルポータル / 排除された記憶」
   「⾵船爆弾 / オレゴンの悲劇」「陸上⾃衛隊⼗条駐屯地」

 

 もう⼀つの壁には「⾳無川の周辺」と記されたパネルがある。滝野川は冒頭に記したように、⽯神井川と⼀般には呼ばれるけれど、⾳無川という名も持つ。地域や時代によって様々な名を持つという滝野川。⼤内雅彦さんが誂えたそのパネルには、⾳無川≒ 滝野川周辺の地図が描かれ、そこに⽣息する様々な⿃の姿が付されている。その名の屈折を重ねた歴史を含め、浅野さんが描いた軍都の姿と共に、この今も豊かな⾃然もまた、この滝野川の地を織り上げる⻑い時の層をなす。

 

⼤内雅彦「⾳無川の周辺」

 

2 浮遊する戦争機械の亡霊たち

 奥のB 室へ⼊ると……こちらでも中空に⾊々なものが浮遊している。松原容⼦さんが紙で作った旧陸軍の兵器⼯廠や倉庫、製紙⼯場などの模型。その実在も歴史的意味もイメージも重い構築物たちが、紙という軽い素材で再現されて、重みを⽋いて浮遊している。その軍事や⼯業関連施設と対極的な、植物の根が⼟と共に絡み合った塊という⽣々しい⾃然物も漂っている。さらに床には、この地がベトナム戦争時に傷病兵の病院となったことを⽰唆するベッドの模型が並ぶ。

 その浮遊物の群れは⻘⽩い光を受け、それが亡霊めいた趣を強める。部屋の中央に置かれた発光体と、もう⼀つ、部屋を往還している発光体の光がある。

 部屋の中央には、その光を受けたテーブルがある。その表⾯は世界地図。⻘⼭悟さんが昭和期の古い⼯業⽤ミシンで描き出したもの。光の変化に応じてクローズアップされる地域が変化し、覇権状態や紛争地域を浮かび上げる。その上には丸い時計が吊られている。よく⾒ると針が逆回転している。⽂字盤も刺繍で織り上げられ、この会場の⽂化センター⽞関前で奥様⽅が舶来ミシンの話をし、抱き合う恋⼈たちもいる。まだこの場が⽶軍の関連施設時代、戦前の⻤畜⽶英から欧⽶追従へ転じた⾼度成⻑期の⼀情景を、逆回転時計が時を遡及して喚び醒ます。

 

松原容⼦ 「 製紙⼯場」 「 ⼯廠 」 「 樹⽊ 」 他

 

⻘⼭悟「逆転時計」「ブルーインパルス」
市川平「電気機関⾞」

 

 そして、浮遊物たちの浮くこの空間を⾏き来している強い強い発光体。それは古い機関⾞のリアルな模型に付けられている。特殊照明作家の市川平さんが、中央の光源と共に設定した、戦中、軍事施設もつないだ電気機関⾞。松原さんや⼭本さんの紙の建物や⽣き物たちと対照的な強い実在感で⾏き来している。そこに付された電球の強い光が機関⾞と共に中空を移動するにつれ、下に置かれた⻘⽩い光(ブラックライトだそうだ)と共に、部屋の浮遊物たちの存在感の強度を変化させている。

 さらに部屋の奥の側では、捩じった紙のような浮遊物たちが旋回している。近寄ると、先端に⼩さな戦闘機があり、捩じられた紙はその排気ガスのようだ。コロナ禍の中で遂⾏された東京五輪時、元・陸軍兵器⼯場だったこの建物上空を⾶んだ⾃衛隊機ブルーインパルスの群れ。これも⻘⼭悟さんが刺繡を施した紙の模型。そのテールからは、その記念⾶⾏に対するネットのコメント群を記した紙⽚が捩じられ、排ガス状に噴出している。戦争機械のカッコ良さという美的イメージに伴う危うさを⽰唆するかのように。

 そしてそのそばに、⼆つのマスクがキスし合うように接して浮いている。表⾯に PLEASURE(喜び)とFEAR (恐れ)と刺繍されたマスク。コロナ禍で世界中の何⼗億もの⼈々の顔を覆うマスクが、過去の軍事施設や今⽇の戦争機械たちの群れと共に中空を漂ってキスをして、パンデミックや戦争の不安の中でも求められる喜びが、周囲の戦争機械たちと絡み合う。

 

松原容⼦「滝野川周辺マップ」

 

 ここで最初の部屋の⽅へ⽬を戻すと、⼾⼝から向うへ、床に妙なテープが貼られていることに気づく。それを追って最初の部屋に戻ると、床⼀⾯に、⻘と⽩と⻩⾊のガムテープが不思議な模様を描いている。ああ、地図だ。松原容⼦さんが会期中に、パフォーマンスでガムテープを張りながら描き出した滝野川周辺の略地図イメージ。最終⽇には、過去にあった王⼦野戦病院反対闘争の現場が× 印を加えられた。その⼈間界の<事件> は、壁にある⼤内雅彦さんの「⾳無川の周辺」の地図や⿃たちの⾃然界の穏やかさと、 対照的な響きで絡み合う。

 


(※会場の動画。浮遊物たちは、会期中、上記の配置とは異なる配置にもされ、この動画では、⾃衛隊機の⼀部と機関⾞が⼿前の部屋で浮遊している。撮影=浅野順︓ https://twitter.com/JunThursday/status/1527648309069770753    )

 

 さらに会期中には、建物周囲の庭園を坂井奈桜⼦さんの演奏と市川平さんの照明効果の競演で巡るパフォーマンス、松原容⼦さんと松原卓さんによる「本と包帯」パフォーマンス(⼩熊英⼆著の『 1968    若者たちの叛乱とその背景』の⽶軍施設問題でのデモの部分を読み、参加者を包帯で結んでいく。⼈間社会の不安な拘束と、それに対抗する連帯を象徴するかのように)、この戦争機械と⾃然、社会の構造的な不安と連帯、そしてその古層の基盤をなす⾃然の中を踊りで繋ぐ、相良ゆみさんと万城⽬純さん率いる舞踏グループ・ホワイトダイスらのダンス・パフォーマンスなども⾏われた。筆者はダンス・パフォーマンスしか⾒れなかったが、これらもまた、この地に潜むものたちの召喚儀礼のようだ。

 

松原容⼦ パ フ ォ ー マ ン ス 「 本 と 包帯 」、 床⾯に テ ー プ に よ る 略地図

 

3 ⼟地に潜む亡霊群のアナクロニクル(錯時列)を開くクリプトグラム

 こうして会期を通し、会場全体が、滝野川地域の空間と時間の中で蓄積された、軍都と呼ばれた過去の痕跡の発掘を⼀つの焦点としつつ、⾃然から街の情景までの隠れた諸相を織り上げる<暗号・秘⽂=cryptogramを綴り続けていた。

 まず、かつて軍都と呼ばれたこの地の、太平洋戦争期の、⼤本営発表の公的資料から家族の遺した私的な資料までのテキストや映像や画像から⽇⽤品などの遺物の群れ(擬- 作品)があった。その中で、軍都の遺構を繊細な筆致で描く四点の絵は、額装された絵画という⼤⽂字の「芸術作品」として⾃らを⽰し、当イベントの芸術展という特性を印す<作品 – 枠 (par-ergon) >としても機能する。

 空中には、当時の重厚な軍関係施設が、華奢な紙素材で再⽣されて宙に漂い、床には軍病院の病床ベッドが並ぶ。その中を、軍施設と街を結ぶ機関⾞が、重厚な実在感と共に強烈な光線を発しつつ往還する。その傍らで逆回転時計が、このイヴェントの時間の遡及的機能を暗⽰しつつ、⾃らの盤⾯には、⼤戦と今⽇とを媒介する戦後のアメリカナイズされた庶⺠感覚を素描する。その周囲を、今は五輪など国家的⾏事の祝祭に舞う⾃衛隊機…戦争機械という実質を潜めた戦闘機…その模型が、それを巡るネット空間の発話群の痕跡を排出しつつ周遊する。

 こうして、戦時下の⽇本軍から戦後の⽶軍や⾃衛隊など軍関係のイコンが空間全体を漂う間隙に、滝野川流域の⿂や⿃や動植物のイメージや痕跡が絡み合う。そして、その舞台となる会場⾃体が、かつての⽇本軍から戦後の⽶軍の施設とされていた歴史を、今では市⺠の公共活動の場という相貌の下に潜ませている。

 時間と空間、⾃然と⼈為、実在と亡霊、⾔語とイメージなど、多様で異質な諸層が錯綜しつつ積層している地域の<錯 – 層構造>を、このように、参加者それぞれが、それぞれの感性と知性と技の特性に即して探る。そして、それぞれ異質なプレゼンテーションが絡み合い、単なる⽂献や史料のアーカイブの実証記述などとは異なった過去の痕跡が象られた。その痕跡の群れに、今もなおその深層に憑いている<亡霊 specter/revenant >たちが寄り添って回帰して、⼈々の構想⼒に問いかける<暗号・秘⽂= cryptogram >の<綾織り texture >を織り上げていた。

 この、物とイメージと記号の群が、様々な層で錯綜して絡み合うクリプトグラムに、観客もまたそれぞれの異質な感性と知性で呼応して、この滝野川という特異点の、未⾒で未聞の諸相への開道が探られる。

 新種のウイルスという⾃然界の他者が、⼈間たちの環境破壊を叱るかのように世界を   覆う中で育まれたこの企画の、その準備段階で、さらに⼤国の異国への侵攻という思い   も寄らなかった異常事が勃発した。この不幸な事件で、現代都市に潜む過去の戦争遺構   を召喚したこの滝野川クロニクルは、その遺構の像を、過ぎ去った過去の痕跡ではなく、

 「今⽇の<現実>に、潜み憑いている亡霊のイコン」として浮上させることにもなった。この国でも、ウクライナの戦争状態などを受け、防衛⼒増強などという危うい政策が提出される今⽇。⼈間が古来、繰り返し続ける戦争という、他の動物たちの闘いとは破壊規模が桁違いの、動植物たちにも途⽅もない害を与える振る舞いは、過去の遺物ではない。

 滝野川クロニクルというイベントは、滝野川という⼀つの地域の古層に潜む、過去の戦争の遺構の姿や記号の発掘と共に、その亡霊たちの像を象っていた。

 そこに、軍都の像と共に提⽰された滝野川流域の、多様な動植物らの育む⾃然と街の穏やかな形や映像が重ね合される。その⾃然と⼈々が積み重ねた時の古層は、幾多の殺戮と⾃然破壊を繰り返した⼈類の歴史をはるかに超えた時間の層を、軍都やそれを遺構とした今⽇の滝野川地域の基盤に湛えている。

 その⾃然という基盤の層から、争いを反復し続ける⼈類社会のいくつかの遺構とそこに潜む亡霊たちを召喚し、その上に今のこの地の姿が重ね合され、時の層構造の錯綜を織り直し、異質で多様な時と場の ”多岐の流れ ” の⼀⾯を波打たせたこの舞台は、「滝野川」という⼀つの地域を超えて、限りない<多岐の側>へ喚びかけていた。

 

註 1 :cf. 「滝野川クロニクル」 HP https://takinogawachronicle.org/

松原容⼦さんの解説。https://dekashel.com/takinogawachronicle/about-slides.pdf

註 2 :「滝野川クロニクル   区境」   映像・編集 / 松原容⼦  ⾳楽 / 坂井奈桜⼦  出演/ 松原卓    https://www.youtube.com/watch?v=Eu1dXtMXAdc&t=267s

 

※関連サイト、関連テキスト

  • 「滝野川クロニクル 2022 」の振り返り 藤井様の質問へ答える形で 松原容⼦https://note.com/yokomatsubara/n/nffccf34615b1
  • 藤井雅実「特異像(シンギュラル・イメージ)としての絵画――〈外〉の/への私的⾔語の享楽」(『21 世紀の画家、遺⾔の初期衝動 絵画検討会 2018 』⾼⽥マル・編、所収)https://kaiga.myportfolio.com/1
  • 藤井雅実「〈外〉への共振-哲学と芸術の限界とその〈外〉」

(『 Search&Destroy 』東京造形⼤学)以下のサイトでダウンロード・フリー http://cs-lab.zokei.ac.jp/labtu/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%    E7%B 1%8Dsearch-destroy/

  • 藤井雅実「脱⺽と共振 美術・機械の乱流」(『 GS 』 vol.4 「戦争機械」所収)
  • 藤井雅実「 AI は欲望と情動の地で歌えるか︖」(『 S ⽒がもし AI 作曲家に代作させていたとしたら︖』⼈⼯知能美学芸術研究会・編︓所収) https://www.aibigeiken.com/store/sn_j.html