花と緑の癒し~「園芸療法」のお話〜(3)

柴沼敦子

 

 今回は、ストレス反応の仕組みや、意欲回復、認知機能の維持・向上、日常生活に必要な能力の維持・向上、生活の質の維持・向上など、いろいろな健康上の効果が期待できる園芸療法の実際についてお伝えします。

 

1 ストレスに反応する体の仕組み
 日頃、様々なストレスに直面する私たちですが、少しでも快適な日常を送るためには自らストレスを軽減する方法を獲得していくことが必要なのではないでしょうか。
 そのためにまずは、ストレスに反応するからだの仕組みについて理解しておくと納得が得やすいのではないかと思います。

 不安、恐怖、緊張、怒りなど身の安全が脅かされるような不快な刺激を受けると脳は一時的に心身の安定を崩す方向に働きます。不快な感情刺激が脳の「扁桃体」に伝わり「不快」と判断されると、「視床下部」から交感神経に指令が行き、ストレスホルモンであるコルチゾールやノルアドレナリンが放出されます。副腎皮質からコルチゾールが放出されると血圧や血糖値が上昇します。副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンが分泌されると心拍数や血圧が上昇します。それに伴い動悸、手足の震え、発汗、吐き気などの情動反応などが現れ、免疫機能は抑制されます。これらが私たちの経験しているストレスの状態です。

 このようにストレス反応は、一時的に身の安全を守るための反応なのですが、これは人の敵が「猛獣」などの生物であり、これらに遭遇した時に「闘争か逃走か」が重要だった時代には有効に作用していました。つまり、人が身の危険に遭遇した際、瞬時に心拍数や血圧、血糖値を上昇させ「闘争や逃走」への備えを行えるよう一時的に身体が反応しているわけです。
 しかし、現代社会におけるストレスの原因は「猛獣」ではありません。それらに対して「闘争」も「逃走」もできないことがほとんどです。「闘争」も「逃走」もできなければストレスが慢性化していきます。

 ストレスが慢性化、長期化し、ストレスホルモンであるコルチゾールやノルアドレナリンが分泌され続けると、自律神経や内分泌系のバランスの崩れ、免疫機能の低下につながります。免疫力が低下すると身体と脳には炎症が起こり、脳の神経細胞は障害され、海馬(記憶に関与)や前頭前野(認知・実行機能)の働きが低下したり、刺激に対する「不快」を判断する扁桃体の制御不能状態がおきたりします。その結果、不眠、頭痛、胃痛などの身体症状や、暴力、ひきこもり、無気力、拒食・過食などの行動、学習や仕事への支障につながり、ひいては生活習慣病や精神疾患になりやすい状態に陥ります。

 

 

2 ストレスのクールダウン ~「扁桃体」を鎮めるには~
 危険から身を守るために人に備わっているストレス反応ですが、過剰で慢性的な反応が続くと身体に悪影響を及ぼします。ストレスから身を守るためには、不快な刺激に反応し視床下部を通じて交感神経に指令を出す「扁桃体」の活動を鎮めるようにすることです。
 では、どのようにすれば「扁桃体」は鎮まるのでしょうか。
 第2回で「ひとは、生まれながらにして生命や自然を好み、自然、動物、植物との結びつきを求める傾向がある」というバイオフィリア仮説をお伝えしました。心地よい緑の景観を見たり植物に触れたりする時間は、快感情を生み出し、扁桃体の活動を鎮めます。
 つまり、私たちの日常に、いかに快感情の起こる仕組みを作っていくかということが「扁桃体」の活動を鎮めることにつながっていくのです。
 人それぞれに快感情が得られるものはあると思いますが、それらの一つが「園芸療法」なのです。

 

3 園芸療法の5つの癒し効果 
 園芸療法では、栽培を始めとした植物との関わりを通して、ストレス軽減や意欲回復、認知機能の維持・向上、日常生活に必要な能力の維持・向上、生活の質の維持・向上などに効果を発揮します。次に、園芸療法における5つの側面からの癒しについてお伝えします。

 

(1) 心地よい緑の空間が人を癒す
 人は、心地よい刺激に注意を向けるとき、思考している脳が休まり、ストレス状態から回復します(第2回参照)。葉の緑色は気持ちを落ち着かせ、赤や黄色など暖色系の花色は気持ちを高揚させます。そよ風、鳥の声、水の音、花の香りなど、同時に複数の心地よい刺激に注意を向けるとストレスは一層下がります。心地よさを感じる空間で、思い通りに体を動かすこともストレスを下げます。屋外で自然の心地よさを感じてみてください。
 屋外の緑の空間に身を置くことがなかなかできない人もいるかと思います。そういう時は、屋内でお気に入りの植物に囲まれることでも効果が得られます。観葉植物などお気に入りの鉢植えを室内に置く、花瓶に好きな花を生けるなどをしてみるとよいと思います。

(2) 植物が人を癒す
 植物の色・形・大きさ・香り・手触り・味、植物と自然が織りなす音などは、五感を通して人に快感情をもたらします。
 花に顔を近づけて香りをかいでみましょう。葉の手触りを楽しんでみましょう。目を閉じて葉擦れの音に注意を向けてみましょう。菜園で採れたての野菜の味を味わってみましょう。花壇の花だけでなく道端に咲く野草にも目を止めて、その色や形を楽しみましょう。花壇の花、庭の樹木、野草の姿、花瓶に挿した一輪の花……それらの植物が人を癒します。


(3) 栽培が人を癒す
 一粒の小さな種を蒔くとき、人は無事に芽が出ることを願いながら、少し先の未来に期待を感じます。植物の芽生えは多くの人に喜びを感じさせ、そのさらなる成長を願い開花や結実への夢が膨らみます。育てた植物がきれいな花を咲かせたとき、つやつやのおいしそうな実を付けたときには、大きな喜びと充足感を得られます。
 また、身の回りに植物があると、日々気にかけ、水やり、草取り、花がら摘み、収穫などの作業が生まれます。栽培活動は植物と人との関わりや継続的な運動の機会を与えてくれます。花、観葉植物、野菜など小さな一鉢からでも栽培活動は始められます。


(4) 創造活動が人を癒す
 創造活動に没頭するときもストレスから解放されます。それらの創造活動が、美しい生花を使ったフラワーアレンジメントやリースづくり、ドライフラワーや木の実などの植物素材を用いたクラフト制作であればなおさらです。栽培活動には一定の期間を要しますが創造活動は短時間で行うことができ、癒しの効果がすぐに得られます。地上から離れた植物は人が思うように扱うことができ、その色や形、素材感を生かしながら様々に加工することもでき、植物の素材の可能性の広がりとともに創造力が生まれます。



(5) 植物を介して人が人を癒す
 園芸療法では、園芸療法士が対象者へのアセスメントを基にプログラムを計画・実施していきます。共に野菜を育てたり花壇の花を観賞したり、時にはフラワーアレンジメントをしたりします。花・野菜・果物などを見て「きれい!」「かわいい!」「おいしそう!」「早く大きくなってね!」など、園芸療法士と対象者、対象者と対象者、対象者と他のスタッフ……などの間に共感が生まれます。花を見て誰かが笑顔になると、その笑顔を見た人もまた笑顔になります。笑顔は共感をもたらし、人と人をつなげていきます。誰かの笑顔を見た人が笑顔になるのはどうしてなのでしょうか?
 高等なサルやヒトの脳では、自分が行動する時だけでなく、他者の行動を見ている時にも自分が行動している時と同様に活動する神経があります。こうした神経は、あたかも「他人の行動を自分の脳内に映し出す」といった意味でミラーニューロンと呼ばれます。このため、花を見て誰かが笑顔になると、その笑顔を見た人もまた笑顔になります。

 

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