いとうあきこ
名前がない猫がうちにいる。来た時、真っ白な姿から「ゆき」「しろ」などの名前を考えたが、どれもしっくりとこなかった。
考え疲れ、「人間の中に猫一匹だから『ねこ』でいいか」と今も正式な名前がない。家族はにゃーちゃん、にゃーこなど、思い思いに呼んでいる。それでもわかるらしく、呼べば振り向く。
もう十二年位前になるだろうか、冬も近い秋の寒い夜、私は仕事の帰宅路に人だかりを見た。何事?と自転車を停めて、行ってみると、小さな白い塊りが、道路脇に雨に濡れて丸くなっていた。近所の人らしい中年女性が、
「子猫。車にひかれたみたいなんだけれど、うちは飼えないし、でもこのままだと死んでしまうしねえ・・・」と話してくれた。
私も猫なんて、幼稚園以来関わったことがない。ここで気持ちを抑えて帰れば良い。でも、この猫はもう今夜を越せない。
とりあえず病院へは連れて行こう!治療費がいくらになるか怖いけれど、幸い今月は残業があって少し給料が多い。なんとかなるか。
「獣医さんに連れていきます」。
中年女性は、誰かが引き受けると言い出すのを待っていたから、ほっとした表情になった。猫に触われない私は夫に電話をし、状況を話して、冷え切っているからタオルを数枚持ってきてと伝えた。
獣医を携帯電話で探して、電話をかけるが、夜の十一時、もうどこも閉まっていた。そして良くも悪くもの行動力で、一一〇番へ電話をかけた。
「猫がひかれていて、死にそうなんです。開いている動物病院を知りませんか?」
しばらく保留音が鳴った後、
「これからパトカーでそちらに向かいます」。
との返事で切れた。
猫は時々、取り囲む人間に警戒の目を向けた。近くには、薄汚れた白い母猫が離れずにいる。
パトカーがくると、警察官が下りてきて、
「車にひかれちゃったんだねえ」と言う。
そんな悠長なことを言っていないで、動物病院を早く教えてよ!と思った。
「乗ってください。獣医さんまでパトカーで送ります」。
夫が、にゃあにゃあと抵抗するちび猫を抱き上げバスタオルにくるみ、パトカーの後部座席へ乗った。私も、この非日常な出来事に少し興奮しながらも隣に座った。白猫はじっとしている。小石川四丁目の古びた動物病院の前にパトカーは停まった。お礼を言い、私たちは病院に入っていった。連絡が行っていたのか、電気がついていた。夫が診察室へ白猫と入り、私は待合室の椅子で、いくら請求されるのか、自宅はマンションでペット可だけれど猫を飼うのは大変そう、里親を探そう、などと考えていた。診察室が開くと、年配の獣医は、
「代金はいらないよ。来週また連れてきて」と言った。外には、まだパトカーが停まっていて、自宅まで送ってくれるという。みんな優しい、そう久しぶりに思った。
夫は、「骨や内臓は大丈夫だって。生後四か月位らしいよ」と報告した。彼は実家で猫を飼っていたから、扱いに慣れていて、優しく体をさすっている。自宅前で警察官二人にお礼を言いパトカーを降りると、自宅に白猫を連れて帰った。夫は医者にもらったミルクを皿に入れ猫の前に出した。猫は少し首を上げて、なめ始めた。
翌日、警察署に寄り、拾得物届を書いた。拾い主は私。所有者が見つかることはない。母親が野良猫なら、この子も野良なのだから。
私には、飼う決心がまだついていなかった。そして白猫が丸くなっていた場所の近くの電柱に『飼い主は連絡を』と紙を貼った。
猫は、一日、二日もすると、寝床ごと動いたり、寝床にいなく、探すとベットの下で埃まみれで見つかることもあった。体を引きずって掃除移動したらしい。白猫は日に日に回復し、飛び、走り回るようになった。あの母親に返すべきだろうか。でも保健所に連れていかれたら、殺処分になる。自分以外の家族は皆男だから、自分以外にもメスがいるのも悪くない。三か月後、再び警察署で所有者欄に自分の名前を書いた。この日、白猫は家族となった。
彼女も楽ではなかっただろう。家族皆に触られる。特に幼い三男にはぎゅーっと抱きしめられる。「苦しいからダメだよ」、そう言うが、にゃーさんも負けてはいない、三男の顔や手には長い間、引っ掻き傷が絶えなかった。ある日は、帰宅すると網戸から爪が抜けないのかカブトムシのようにぶら下がっていたり、洗濯物を干した後にベランダにいるのを知らないで戸を閉めてしまい、探したらエアコンの室外機の下から出てきたり、笑いが絶えなかった。猫がいるだけで、空気が柔らかくなる。猫が歩くだけで心が安らぐ。
にゃーさんは、夫が大好き。夫と私が話をするだけでやきもちを焼き、間に入ってくる。夫の足音がすると、玄関の前で三つ指をつくように座って待っている。妻の私より妻らしい。
それでも真冬に、布団に潜り込んでくる時は、赤子のようなふわふわした毛先に体温を含み、呼吸でお腹を膨らませ、こちらも幸せな気持ちになる。起こさないようにとトイレも我慢する。重い。なぜ気を使うのか。
夫や私が体の老いを少しずつ感じるようになってきた頃、にゃーさんも夜中の運動会はなくなり、余り飛ばなくなった。もうおばちゃんなんだねえと夫と話すようになった。
時々思う、うちに来て良かったのか、母猫といた方が幸せだったのではないか、外を自由に歩けた方が楽しかったか。もう遅い、彼女は怖くて外へは出られない。ベランダや窓から鳥や犬の鳴き声を聞き、外の人や車を見る。
貴女が来てくれて、家族はお金では買えない温かさ、優しさ、柔らかさ、沢山の笑いと思い出をもらったよ。うちに来てくれてありがとう。何もしてあげられていないけれど、もう少し一緒にいよう。夫か私かにゃーさんか、誰かが順番にいなくなるまで、一緒に。
おわり
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