連載小説『天女』第四回

南清璽

 

 私が、こんな風に御令嬢から頼られたのも、そう、その言葉を借りれば「人がよさそうな」という処か。もちろん、当初は、いわば煮え切らない、あいまいな態度を示してしまっていた。何分、伯爵家の令嬢故、向後も続くであろう、出奔などでやんごとなき生活をそうそう無にさせてはならないと考えたからだ。一方、無下にもできず、その出奔につき介助をなさんとの思いも生じていた。それは、単にほだされた、そういう類のことには違いなかった。そうして逡巡する。あくまで無償だと、そこにある作為的な有り様。当為であるはずだが。

 こうした、過去のいろんな想いが巡るという心持ちになると、必ずピアノを弾く。ベートーヴェンの作品27-1。この奏鳴曲を。この舘の、そう、令室の棲む洋間に備えられたピアノで。冷室が我が背にしなだれたまま。

 過日のことだった。御令嬢の出奔の顛末について思いなやむ仕儀となってからというものは、幾晩か、覚醒し、寝つけなかったことを思い出していた。それは異常なまでの覚醒だった。その尋常ならざるゆえに、私は、焦燥感を覚えていた。何か、このまま、精神に変調を来すのではという具合に。危険だ。どうにかして鎮静する外はない。やはり、こうするしかない。そうして、ちゃぶ台にあった、楽譜を手に取る幾夜だった。読譜、これによって、心を落ち着かせる。手にしたのはベートーヴェンのソナタ集だった。ただ、無意識に作品27-1を開いていた。そうして、空想を巡らしていた。自ら、それを弾く姿だ。指定された速度よりかなりの遅めだった。繊細なタッチ。幽く奏でられる。神秘の世界に浸りつつ、悦に浸る自身があった。この当時、住まいにはピアノは置いていなかった。だから、弾くこともできず、読譜するしかしようがなかった。

 もっとも、その点というか、今も自分の持ち物でないことに変わりはない。現に、こうやって弾いているこのピアノも。食客の分際で、自由に使わせてもらっているという。当時は音楽学校で弾かせてもらっていた。第一、ピアノを置ける様な住まいでなかった。というより、そもそも、知己のある御仁のお宅を間借りしていたため、それがかなわなかった。そういう次第で、自身のものは、知人のK宅に預けていた。なにゆえ、「K」と。この「K」というイニシャルこそ、この男のキャラクターを顕せる感があった。そう、どことなく謎めいた、という風に。

 今から思えば、私に対し、令嬢は、幾分かの好意は寄せてはいたのだろう。だが、それは、恋愛感情いえるものではなかった。むしろ、好感というべきかもしれない。そう、少なからず。だが、この「少なからず」は、いわば、自身に言い聞かせる言葉だった。その真意が潜んでいた故の。そうして、己を卑屈な人間だと嘲るのだった。時には、打ちひしがれる、そういった感情に浸れるのも悪くないのかもしれない。そう想いつつも、意識下で、一つの障碍とも言えるべきものがあった。だが、単に、強がっているだけだと言えない、感傷めいたものもあった。

 しかし、この感傷めいたと言ってしまう心情に、一つの未練が存していた。やはり、どことなく、あの誰しもが経験する甘酸っぱいと形容される未練を残していた。ここは、多いに自嘲すべき処だろう。解析なしえない、いわばか、自分を高みから望めないもどかしさ。それとも、自己性愛。こんな具合に、複数の言葉を浮かぶ始末だった。

 だが、そんなことに浸っている訳にはいかない。この事象を省みる必要があるのだ。無論、令嬢が乙女として恋愛に憧れていたのは、年頃の娘として相応の事柄であった。だから、親が決めた好きでもない許婚との婚姻から逃れようとしたのは、心情において首肯できた。ただ、そこに関わってしまったのは、それが如何なるむきにあっても、つまりは、令嬢に対する思慕が存したとしても、無謀な仕儀に違いなかった。その一方で、沈着にその次第を練りだしたのも事実だった。

 令嬢の出奔を手引きするとなると、Kなら、何らかの知恵を授かることもできようものと考えた。そう、先にも述べたKだ。

 もっともこのKに、ある意味、距離を保ってきたのも事実だ。何分、謎が多い。そもそもは、父が開設していた診療所のいろんな事柄から縁ができた。その父の診療所とは、何ともちっぽけなものだったが、結構、丁寧な診療を施すと評判だったから、結構な収入を得ていたものと思われた。そんな父に、山気などなかったが、人がいいからか友人のために融通手形を振出したことがあった。それが流通した折、Kにその手形の取戻しを頼んだことがあり、それがそもそもの縁だった。父の話によると、然程までの報酬は求められなかったそうである。その後、診療所を私が継がなかったため閉鎖する次第となった際も、Kは、その診療所を丸ごと譲り受ける医師を見つけてくれた。

 事実、ぶっきらぼうな男だったが、程よく付き合える具合だった。事情で、借りた部屋を退居しなければならなくなったとき、なかなかピアノを持っていける棲家が見つからなかった。そんな訳を話したら、Kは、自分の家に置かせてやってもいいと述べた。もっとも、そのピアノを置かせてもらっている彼の家も、彼が住むわけでなく、どうやら、かこっている女性とその間にできた娘に住まわせている。娘に、丁度、ピアノを習わせるつもりだったから、自由に私のピアノを使用させてくれるのなら、という条件だった。当初は、私が、教師として赴く予定だったが、当の彼から、伯爵家の令嬢のピアノ教師を依頼され、かなわなかった。だが、そこだけでなく、数軒の不動産を所持していた。一度、伯爵に、なにゆえ、Kが、相当な資産家となりえた所以を尋ねたことがあった。だが、伯爵も、それについては、何も承知していないとのことだった。ただ、資金をどうやって捻出したか、謎でもあるが、一方で、興味深いことだ、と述べていたのが、その伯爵の言葉は、印象として残った。確かに、Kは、どこそこの御曹司だと聴いたこともないし、何かの事業での成金だとの噂もなかった。他方、何か犯罪に手を染めてはないかとか、闇な世界に繋がっているのだとか、ヤクザな連中との付き合いがあるのだとか、云われているのも事実だった。

 ただ、不思議と仁義という面では信頼がおけた。堅気の者をそういった闇の社会には決して引きずらないそんな信頼がおける人間だった。

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