まどろむ海月(西武晶)
Ⅰ 夜の頁
星空から
あなたは振り返る
貴女はふりかえる
ともしびに重なる微笑み
細い指先
星座へと続く階梯は
途絶えたまま
この小雨のように
降りしきるものは
何なのか
白い小径の途上で
かさねた出逢い
かわされた言葉
真紅の花吹雪
触れることもなかった
あなたの唇の感触が
苦しい
繰り返される
すみれ色の夜明け
黄昏の悲しみ
星空の訪れ
頁(ページ)のように
過ぎていっても
動くこともできない
自分がいる
Ⅱ 嵐は 春の…
激しい風もやんでしまえば
ほっこりほっこり 春の夜空
過ぎ去ってから わかること
あれはやはり春の嵐だったのか
冬のルシフェルも 今はまどろみの中
しばらくは 静かだろう
両性具有の御使いが
剣を収めて 微笑んで
銀に輝く粉撒けば
ああ 春の星座
さて狂乱の一幕物も 終ったようだし
春のピエロのおいらの出番
ひょっこりひょっこり
星の夜空で 綱渡り
空中ブランコ 宙返り
あれは スピカで乙女座か
アークトゥスは牛飼い座
デネボラとレグルスは 獅子座かな
白鳥と白ウサギ座は何処?
ほお〜い ほお〜い
だれか おきてはいないのかあ〜
地上に 静かな湖は
今宵の星座を映してる
雲のような残雪も見えるが
漂う香りは梅の花
地の星のように咲いている
明日はきっと陽をあびて
土手の土筆も 顔を出すだろう
Ⅲ 夜の窓から
夜の窓に遠く
過ぎる電車を
手のひらにのせる
人気の少ない座席に
ごとごとと震えながら
閉ざされたあなたの
かなしみは 何処へ行くの
私の身体は
透き通り 夜空に広がる
先回りをし 走る電車を
そっと包んでみるのだが
小さな窓を覗いてみるのだが
川面に映る電車の灯
揺れる走馬灯
おねむり おねむり
おおきすぎるものにも
きっと 気づくから
また であったね
おおきいのもいいけど
僕らの身体は
星空に透けて
すかすかだよ
梅の香が残っている
桃も桜も咲きはじめた
今夜は 獅子座のデネボラから
乙女座のスピカを経て
春の大曲線をたどりながら
アークトゥルスの方へ
向かってみないか
おや
きみの手は
不思議に 温かい
Ⅳ 星空の再会
雲の上も
青空の上も
いつも星空
すべてが
星空の出来事
おや
そうですか
もう一年たったんですねえ
ずいぶん長かったように思いますが
お逢いすればまるで昨日のことのようで…
この前は確か紫陽花の姿で枯れていったあなたでしたが
この度は白鳥ですか
ええ今度の私は足元の小さないるかです
わたしもあなたもこの次はてっきり
向日葵なんかになれるかななんて
思っていたんですけどね
でも
ここは 空のようで 海のようで
こんな風に あなたと もう一度
ごいっしょに なれるなんて
Ⅴ 白い一日
軒下にぶらさがって
死んでいる私
どうしてこんなことになったのかと
突っついてみるのだが
むなしく揺れるばかりで
答えるはずもない
霧のように
あなたへの扉は
いつも白い
かなえられない恋なので
せめてその肌のような白さの中に
たゆたっていたいと思ったら
いつか私の想いは
紅斑の鯉になって
入水していたのだ
水面を見上げると
白いスカートをひらめかせて
私の一番好きな足が
差し伸べられた
やわらかい
陶器のような肌に
身体をすり寄せると
夢なのか妄想なのか
もうどうでもよくなって
こんなふうに生まれかわれるなら
死んでしまうのもいいかな
なんて
そんなことを
想ったのが
いけなかったかと
それぐらいしか
思い浮かばない
そろそろ
はずしたほうがいい
風鈴のように
揺れている自分から
遠ざかり
あてもない旅の
白い起伏を
さまよって
います
Ⅵ 星空の微笑み
空を
ただよい
流されていく
やわらかな白を
ばら色に染めながら
闇に墜ちていった日
あなたは秋の夜になった
星座があなたの中をさまよい
演ずるオペラはかなわぬ恋
神話のように古いはずが
流れる血はあまりに新しい
西にはアルタイル
東にアルデバランとペテルギウス
カシオペアとアンドロメダも
あんなにはっきりと見える
私の死体は
軒先にぶら下がったままだけど
無力な蜻蛉は風に落ち
なにやらふにゃふにゃしたものになって
あなたを映す大海原を浮遊しています
あぁ 満天の星
あなたの星空の中空に
浮かんでいる
骨もなく半透明に
落着した私ですが
あなたの中で
透きとおっていくようで
とても幸せです
そらに
さざなみが…
( イ マ ホ ホ エ ミ マ シ タ ? )
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