飯島章嘉

ⅰ
その都市は極めて奇妙な特徴を持っている
すべての建築物は窓を持たず、扉すらない
従ってその都市を俯瞰すると
一見広大な墓地を見るようである
しかしどの建築物も天を衝く高層ビルだから
道路から見上げるビル群は銀色の光を蒼穹に反射させ
神々しさをも感じるだろう
その都市の奇妙さは
どこを歩いても
一人の人間にも逢う事がないという所にもある
ただある種の人間がある種の思考
もしくはある種の感情にとらわれた時
必ず訪れるらしい
らしいというのは
訪れた人を見る第三者が存在しないため
訪れるという行為がその都市にとってフィクションである可能性があるからだ
ⅱ
人間と言えば、その都市に人間は住んでいない
都市の設計者もいなければ、建築者もいない
その都市を目撃した者
その都市を体験した者
はたしてそれらの者はどこにいるのか
知る者はいない
従って都市の存在そのものを疑う者もいるという
では何をもってその都市は存在しているのか
ただ語られる事
人は折に触れその都市を話題にする
その事によってのみ都市の存在は強固なのである。
ⅲ
いつとも知れない遠い過去に、
激しい戦争があったという。
その都市は戦場になったという。
ところがいかなる理由で戦争が起こり、
どういう経緯で戦争が終結したのか、
その都市の不可知性は徹底しており、
何の記録もない。
しかしどんな戦いが繰り広げられたのかは
若干の口伝えに伝えられた物語はある。
戦争が終わったのち
都市を訪れた者は息を呑んだという。
都市の外観には何の変化もなかったのだ。
砲弾に崩れた壁は一か所もない。
だけれども内壁は焼けただれ、すべては破壊され尽くしている。
建築の内部構造は一切の痕跡をとどめていないのだ。
つまり、巨大な空虚を包み込んだ都市が、
太陽の陽を受けて光り輝く外面だけの
蝉の抜け殻のごとき都市が、
永遠の美しさを偽って存在している。
ⅳ
その都市には生の共鳴はないが、
死の残響はあまたある。
墓地はまさに
高層ビル群と相似形のように
墓石が林立し
ビル群の前面に拡がっている。
つまり高層ビルを背景とし、
そのミニチュアがまず訪れた者を迎える感じだ。
しかし墓の中に死者は眠っていない。
その都市の徹底性が生者の痕跡を消すように
墓石がただ並んでいるだけなのだ。
墓石をよく見れば一つ一つに人名が彫られてはいる。
その名の人々はどこへ行ったのか、あるいは
存在しなかったのか。
それを問う者もいない。
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