童話・バラの泉の女神さま

           和田 能卓

 

むかしむかしのそのむかし、バラの泉の女神さまに守られた、小さな国がありました。

女神さまがいらっしゃるバラの泉は都の真ん中。旅人も足を止めて、疲れた体を(いや)したものでした。

泉には女神さまの像があって、平和の守護神として、人びとに敬愛(けいあい)されていました。

王様もバラの泉の女神さまを深く信仰し、人びとに()い政治をしていました。

 

ある年、王様が急な(やまい)で亡くなって、あとに三人の王子様が残されました。御后(おきさき)様は早くに亡くなられていました。

第一王子の名はアルチン、第二王子の名はボルド。宮中で二人の王子様を取り巻く大臣たちは、自分たちの権力を守るため、二つに分かれて争いを始めました。

「アルチン様こそ、次の王様にふさわしい」

「ボルド様こそ、次の王様にふさわしい」

アルチン王子につく者たちは赤いバラを旗印に、ボルド王子につく者たちは白いバラを旗印にしていました。

 

王様が亡くなって四十九日(しじゅうくにち)が過ぎ、二人の王子様は、大臣や大勢の兵士をそれぞれ(したが)えて、女神さまの泉にやってきました。

二人の王子様は、自分こそが王様の(くらい)を継げるよう、女神様に願い、祈りにきたのです。

兵士たちは、女神さまの泉から続く道の両脇にズラッと並んで(にら)み合いました。今にも戦いが始まりそうな雲行きです。

 

二人の王子様の振る舞いに、女神さまは、とてもお困りになりました。

女神さまは思います。

兄王子が王様になり、弟王子が王様の補佐になると良いのに。

アルチン王子もボルド王子も、(まわ)りの勢いに押されて、戦いを始めようだなんて。

「人間のことは人間に任せるように」と、お父さまから固く言いつけられていますが、このままでは平和が乱れてしまいます。

 

その夜、二人の兄王子たちが仲直りするように祈っていたビンチ王子の夢に、女神さまが姿を現しました。そして、

「ビンチ王子、睨み合っている王子たちを、私の泉まで連れてくるのです。大臣、兵士たちを、私の泉に来させなさい。そうしたら、私が……」と、ビンチ王子に告げました。

 

道を(はさ)んで(にら)み合いを続けていた兵士たちは、弓矢や剣、(やり)を構えて、開戦の合図を待っていました。

 そのとき、行列の端のほうから、「ワーッ!ワーッ!!」と大きく叫ぶ声が聞こえました。

兵士に両側を囲まれた道を()け抜けようとする、第三王子ビンチの声でした。

 ビンチ王子は(かご)を背負い、中には赤いバラと白いバラの花びらが、(あふ)れんばかりに詰められています。

 

 兵士たちの前を走り抜ける間に、揺れる籠からは赤と白のバラの花びらがヒラヒラビラビラッと空中に舞い上がり、広がってゆきました。

 二人の王子様や大臣たち、兵士たちはみんな、思わずビンチ王子のあとを追いかけます。

 ビンチ王子が女神さまの泉に着いたとき、空を舞っていた赤と白のバラの花びらが一斉に、その水面を(おお)()くしました。

 

 ビンチ王子の目には、夢で見た女神さまの姿と像の姿が重なって、お顔がニッコリされるのが見えました。でも、他の人びとには見えません。

 女神さまは、やさしく「花びらよ、薔薇(ばら)色に変われ!」と唱えました。

すると、泉の水面で、赤と白の花びらがグルグル回転しながら混ざり合い、美しい薔薇色に変わったのです。

 

女神さまは二人、いえ、三人の王子様たちが力を合わせて国を守ってゆくよう、バラの花びらの色を一つにして、道をお示しになったのでした。

おしまい