南清璽 連載小説『天女』第八回 南清璽 診療所の勝手口。やはり、産婦人科ならば、玄関よりお邪魔するのは、控えるべきなのだろう。 「すみません。急患です!」 声をかけてみた。ドアの向こうの物音で少々気が止んだ。何分、数度は、試さなければならなと踏んでいたからだ。 「... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第七回 南清璽 「待って下さる?」 その声には幾分か重みがあった。でも、これは聞こえがいい様に言ったまでで、もう年増にかかろうとしている年頃だったから、生娘の様な声は持っていなかったのだ。だが、その声の深みには、何某かの知性を感じた。彼女には正... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第六回 南清璽 「今回の仕儀については、さぞかし蔑んでいるのだろうが。」 そんな私の物言いに対して、当のKは、こう述べた。 「完全に否定はしないが、お前が悪事をなさなかったんだから、良かったと思っているよ。」 「それは、友情の顕だともいうのかね。... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第五回 南清璽 あの日のこと。令嬢の尊父からあの出奔の計画を糺されたときのことを思い出していた。 伯爵は既に応接間のソファーに座していた。決して、威厳を示さず、むしろ、しとやかといえた。そして、いつもの深みのある落ち着いた物言いが始まった。それ... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第四回 南清璽 私が、こんな風に御令嬢から頼られたのも、そう、その言葉を借りれば「人がよさそうな」という処か。もちろん、当初は、いわば煮え切らない、あいまいな態度を示してしまっていた。何分、伯爵家の令嬢故、向後も続くであろう、出奔などでやんごとな... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第三回 南清璽 確かに、ある種、無償の行いだった。だが、ここに高貴な動機があったのだろうか。敢えて、無償としたのは、昇華させる意味を持たすためだった。そう、あくまで無償の行いだったと。一方、臆面もなく、この昇華という言葉を使うこと自体、いわば自己... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』第二回 南清璽 この日、令室は、ハ短調の楽曲を所望された。当初、ベートーヴェンのピアノソナタをと考えたが、独逸国の留学時に楽譜として手に取ったシューベルトのピアノソナタが忘れられず、知己を通じ、その楽譜を借りた。今回のサロンでの演奏は、令室が、女... 南清璽文学
南清璽 連載小説『天女』 南清璽 迂闊だった。その場を和まそうと微笑んだのに過ぎないのに、当の令室は、それを嘲りと捉え、例の如く、私に、折檻を施そうとするのだった。 大凡、彼女の面前で、微笑みを浮かべること自体禁忌だった。それは、先にも述べたとおり、嘲りと捉える... 南清璽文学