アートサイコセラピーと人智学芸術療法そしてティク・ナット・ハン

英国においてアートセラピーは精神療法として確立しアートセラピストは国家資格者として医療機関で医療として芸術療法を行なっている。

イギリスで構築してきた筆者独特の東西相まったアートセラピー方法論を、2021年より日本の精神科医療機関の臨床で展開しているが、今回はこの実践の基盤であるティク・ナット・ハン氏の影響と人智学医療について紹介したい。

(1)ティク・ナット・ハン「いまここ」にとどまること

1995年春、自らの問題に悩んでいた筆者はティク・ナット・ハン氏が初来日した際にリトリートに参加し、初めて「マインドフル」に「いまここ」にあることを体験した。ワカメが海中で揺らぐ姿を想いながら味噌汁をいただく食べる瞑想、自分の愛する人に向き合い「あなたを愛しています」と言葉に表す実践などに強い印象を受けた。その時に得た氏の著書「ビーイングピース」「ティク・ナット・ハンの般若心経」を持ってその直後に渡英し、以来苦しい折にひも解き、生きる指針としてきた。

英国の脳神経リハビリテーション病院に勤務時には、ティク・ナット・ハン氏の呼吸に意識を向け「いまここ」にとどまるというマインドフルネスの実践から、アートセラピーを「絵を描く瞑想」として実践してきた。

脳障害で言語能力を失い、利き手で絵筆が持てなくなったクライエントたちが、左手でゆっくりと絵を描き続ける、アートルームに広がるその静けさ。遷延性意識障害患者の手と腕を支え一緒に一本の筆を持って左から右に大きく息を吐きながら動かして風景画を描いていく日々。

2016年秋、筆者がティク・ナット・ハン氏のサンガ、プラムビレッジのリトリートに参加した際には、90歳を超えて脳障害を負い言葉を失っていた氏が、車椅子の上からそのありようで弟子たちを導いていた。サンガの「ダルマトーク」では、サークルの中の一人が話すのを聞く者たちが、助言や反応をするのではなくただ静かに耳を傾けるのであった。

このようにして筆者は心理臨床においても、セラピストとクライエントが共に「いまここ」にとどまりつながり合うその瞬間は苦しみから自由になれるのではないかと考えるに至った。

(2)バランスを回復する人智学医療

1997年、筆者の英国移住の目的はルドルフ=シュタイナーの人智学を体験的に学ぶことにあった。彼の人間観、世界観に基づく教育や農業、社会構想などの多分野にわたる実践の中でも、特に人智学医療に惹き付けられた。以下人智学医療について詳述する。

人智学医療はルドルフ=シュタイナーの人間観、世界観に触発され、従来の医療に加えた訓練を受けた医師らによって実践されている。芸術、音楽、オイリュトミー、マッサージなどさまざまな療法が用いられる(Evans and Rodger, 1992)。

シュタイナーは、肉体、魂、精神の全体としての人間の本質的な性質について多く語り著述している。彼の生理学の基本的な考え方は、神経系と代謝系という2つの極性の間でバランスをとることである。この2つの極性に分かれた力は、肉体、エーテル体(生命力)、アストラル体(意識)、エゴ(私、自己)の4つのシステムを通して働く。エゴはオーケストラの指揮者のように機能し他の3つの身体を統合する。病気はこの2つの極性のバランスが崩れた状態とみなされ、医療や療法はそのバランスを回復するために働くとされる。(Steiner, 1904/1994)

(3)クライエントの心身全体に働きかける人智学芸術療法

人智学芸術療法は、1920年代にスイスで医師のマルガレーテ・ハウシュカによって確立された。彼女は上記のような人智学医療に触発され、人智学的な人間理解に基づいた簡単な絵画や粘土造形のエクササイズを開発した。クライエントが自由に絵を描けるように筆や絵の具を準備したり、粘土を与えたりするだけでは十分ではなく、芸術療法はクライエントが特定の病気の状態に対抗するために必要な力を得るのを助けるために用いられるとした(Hauschka, 1978)。

筆者が人智学芸術療法士の資格取得のために5年間学んだ英国のハイバーニア・カレッジで人智学医療を教えていた医学博士のマイケル・エヴァンスは、芸術療法は人間のあらゆる状態、身体的な病気、精神的な病気に対処できると述べている。彼は主流のアートセラピーのアプローチではカタルシス、自己表現などが重視されるが人智学芸術療法では、患者の体質全体を刺激し、治療効果を促すことに重点が置かれるとしている(Evans and Rodger, 1992, p.85)。

人智学芸術療法士は患者の心身の病気の状態、性格、アート作品が皆同じ「ジェスチャー」を持ち、相似形にあることをアセスメントし、 そのジェスチャーを考慮して、治療目的を設定し、患者のために画材やテーマを選択しエクササイズを作成する。このように人智学芸術療法ではクライエントの心身全体に働きかけていく点に特徴がある(Aida、2003, Aida 2006)。

(4)まとめ

以上イギリスで実践してきた筆者独特のアートセラピーの基盤をなしているティク・ナット・ハン氏の影響と人智学医療について紹介した。

筆者は現在新潟市の 心療内科・精神科ささえ愛よろずクリニック において、アートセラピーセッション、ワークショップ、寺子屋、オンラインセラピーと多様な形態でアートセラピーを実践し、研究発表をしながらさらなる展開を続けている。

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間美栄子 miekoaidajp@yahoo.co.jp