矢野マミ
13.ダリの発想法
ファッション雑誌「装苑」の2021年9月号の記事「ヴィヴィアン・ウェストウッドからのメッセージVol.55」の中で、ヴィヴィアン・ウェストウッドの10年来の友人というダニエル・リズモアがシュールレアリスムを代表する画家ダリの発想法を参考にしていると語っていたので、紹介する。
「ダリは鍵を手にもって眠り、鍵が落ちる音で目が覚めると、絵を描いた」というのだ。
また、別の本によれば、「発想法の4B」というものがあって、Bar(酒場) Bed(ベッド=睡眠中) Bath(バスタブ=入浴中) Bus(走るバス)などの中ではリラックスしてよい発想が浮かぶのだとか。
これに、「ボーッとしている時」のBを加えて、発想法の5Bとするのが、マミ流。
私の大好きな「ずっとやりたかったことを、やりなさい」(ジュリア・キャメロン著 菅靖彦訳 サンマーク出版)の中では毎日の「モーニングページ」が推奨されている。これは朝起きがけのまだ頭が生まれたての子猫のようにぼんやりしている時に、ノートに3ページ分、頭に浮かんだことを書きつける、というものだ。潜在意識にアクセスしやすくなって、自分の本当の願いが叶いやすくなる、と紹介されている。
ちなみに過去にこの本の「12週間のワーク」を真面目にこなした後で、望む職場に異動するなど、実際にいくつかの望みを引き寄せることができた、と感じている。おススメです。
最近、ChatGPTが盛んに喧伝されているが、「人類はずっと前から人類の集合的無意識(ゼロ・ポイントフィールド)があることを知っており、宗教的修行や瞑想などの手段を使ってアクセスして膨大な人類資産に触れていたのではないだろうか」という説があり、私はこれを気に入っている。
ChatGPTがAI及びそれにアクセスしたことのある人の集合的無意識ならば、ゼロ・ポイントフィールドは、ChatGPTに加えて過去に生きていた人及び未来に起きることも含めての人類資産全て、であるから、私はChatGPTよりもゼロ・ポイントフィールドにアクセスすることを選びたい。
今日もこれからヨガの修行に行く。(←リラックス目的の単なるヨガです)
子どもの頃に読んだ漫画で記憶しているものがある。宇宙船が帰還するが、中から飛行士が出てこない。外からドアを開くと病原菌が広がって、それは人工物を伝ってすべての人やモノが融合してしまう、という内容であった。助かったのは人工物のない山奥で一人、炭焼きをして暮らしている風変わりな世捨て人で、彼を頼って逃げた子どもが焚火の煙を背景に男から「ほぅら、ワシの言っていたとおりになっただろう?」と言われる、というラストシーンであった。作者とタイトルを覚えておけばよかったが、発表年代がわかるから調べられたら、いつかもう一度読みたい、くらいに思っている。
どなたかご存じでしたら教えてください。この場をお借りしてお願いします。(ガロやSF的なマンガ雑誌だったかも? 小6~中1の女子が大学近くのスーパーマーケットで手に取れるものです。)
お使いに行った先のスーパーマーケットの雑誌コーナーで、たった1回だけ立ち読みしただけのものなので、繰り返して思い出している中で詳細は少し変わっているかもしれませんが…。
14.「どうしようもない仲間、バイキンマン」
友人に誘われて「マヤ暦」の講演会に参加してきた。代表の越川宗亮(こしかわそうすけ)氏のお話は軽妙洒脱で、アンパンマンの哲学から田坂広志「死は存在しない ―最先端量子科学が示す新たな仮説―」(光文社新書)まで話題の射程範囲は広く、深く浅く縦横無尽に会場いっぱいの女性を笑わせ続けた。そう、越川氏以外ほぼ100%女性の講演会。ジャニーズのアイドルにキャーキャー声を上げた時代を通り越した落ち着いた世代が中心でしたが中には母娘で参加している方もチラホラ。
古代マヤの神官が活用していた「宇宙とつながる」極意がわかる「マヤ暦」という事前の触れ込みでしたが、講演の内容は「マヤ暦が指し示す人間関係の築き方」が中心でした。人の悩みの中心は人間関係なのだなぁ、と美しく着飾った女性たち一人一人が悩みを抱えているのだと思うと一瞬、不思議な気持ちになりました。
冒頭の「どうしようもない仲間、バイキンマン」は、越川氏に教わった「魔法の言葉」だ。「職場に嫌な人がいるでしょう?」「その人を排除してはいけません。敵ではなく、仲間だと思いなさい」「何かイヤなことを言われたりされたりしたら、心の中で『どうしようもない仲間、バイキンマン』と呟きなさい」
「同じことをね、田坂広志さんは、こう語っている」
「初めて職場に配属されたとき、上司に言われた言葉がある。『これから職場で嫌いな人に出会うでしょう。その人を大切にしなさい』」
学校のクラスだったら我慢すれば1年で解放される。人数も多いから気が合う人とだけ交流していれば良かった。グループ活動も授業の間だけだ。しかし職場は共同作業も多いし、隣の席とは机もぴったりくっついているし、在籍期間も長い。全員が同世代のクラスメートだった頃とは違い、ひとつの部屋の中に役職や年齢、性別の違う人がいて、家族を持っているかどうか、子どもがいるかどうか、など個人の微妙な属性も人間関係に影響してくる。
嫌な同僚を「仲間だと思う」、「大切にする」。
まだまだ人間ができていない私には、どちらもなかなか難しいことだ。例えば、Aさん。電源コードに躓いてプラグをひん曲げて使用不能にする。しかも謝らない。何か楽しいことがあって笑いかけたら、次の日に「昨日、どうして私の顔を見て笑ったのですか」と質問してくる。帰り際に何回か玄関で出会ったら「私のこと、見張っているのですか」と一週間後ぐらいに聞かれる。就業時間が同じなのだから帰り時間が同じになるのはアタリマエでしょう?と思うのだが納得しない。
「Aさんと一緒にいると、こっちの頭までおかしくなりそうだ」と以前同じ部署だった人が言っていた意味がやっと分かった。彼女はAさんの日々の言動や行動、仕事ぶりをエクセルで表にして、上司との面談で何度か訴えて解放された。それで今春、Aさんは私の部署に異動してきたのだ。
「さて、エクセルで表でも作るか」と思いながら、Aさんに何か言われたら、心の中で呟いている。
「どうしようもない仲間、バイキンマン」
今のところ、何とかやっている。
15.私を支えるもの
コロナ禍の前に、あるセミナーで紹介していただいたものです。浄化のために時々読みます。
「The Invitation/ 招待」オライア・マウンテン・ドリーマー(ネイティブ・アメリカンの長老)
あなたが生活のために何をしているかは、どうでもいいことです。
私は、あなたが何に憧れ、どんな夢に挑戦するのか知りたいと思います。
あなたが何歳なのかということも、関係のないことです。
あなたが、愛や夢や冒険のために、どれだけ自分を賭けることができるのか知りたいのです。
あなたがどの星座の生まれかということも、どうでもいいことです。
あなたが本当に深い悲しみを知っているか、人生の裏切りにさらされたことがあるか、
それによって傷つくのが怖いばかりに、心を閉ざしてしまっていないかを知りたいのです。
あなたが、自分の物であれ、人の物であれ、痛みを無視したり、簡単に片づけたりせずに、
それを自分のものとして受け止めているかどうかを知りたいのです。
また、喜びの時は、それが私のものであれ、あなたのものであれ、心から喜び、夢中になって踊り、
恍惚感に全身をゆだねることができるかどうかを知りたいのです。
気をつけろとか、現実的になれとか、たいしたことはないさなどと言わずに。
私は、あなたの話すことが本当かどうかには関心がありません。
私は、あなたが自分自身に正直であるためには、
他人を失望させることでさえ あえてすることができるかどうかを知りたいのです。
たとえ裏切りだと責められても、自分自身の魂を裏切るよりは、
その非難に耐える力を選ぶことができるかどうかを。
たとえ不実だと言われても、そんな時にあなたがどうするかによって、
あなたという人が信頼に値するかどうかを知りたいのです。
私は、あなたが本当の美がわかるかどうかを知りたいのです。
それが見た目に美しく見えない時でも、毎日そこから本当に美しいものを
人生に汲み上げることができるかどうかを。
私は、あなたがたとえ失敗しても、それを受け止めて、ともに生きることができるか、
それでも湖の縁に立ち、銀色に輝く満月に向かってイエスと叫ぶことができるかどうかを知りたいのです。
あなたがどこに住んでいるか、どれだけお金があるかはどうでもいいことです。
それよりも、あなたが悲しみと絶望に打ちひしがれ、どんなに疲れ果てていても、
また時がくれば起き上がり、子どもたちを食べさせるために、
しなければならないことをするかどうかを知りたいのです。
あなたが誰を知っているか、あなたがどうしてここへ来たかは興味ありません。
私とともに決してひるまずに炎の只中に立つことができるかどうかが知りたいのです。
あなたがどこで、何を、誰と勉強したかはどうでもいいことです。
私が知りたいのは、皆が見捨ててたったひとりになった時、
あなたの内側からあなたを支えるものは何かということです。
私はあなたが自分自身としっかり向き合い、その何もない時間の中にいる自分を、
心から愛しているかどうかを知りたいと思っているのです。
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