「西洋」について」(5) (英国に関して)

山本幸生

 

 私はかつて「政治」というものに大いに関心を持っていた時期があり、ほんのいっとき、ある種の「政治活動」をやっていたことすらあるのだが、その中でごく自然に?出会ったのが「イギリス」というものだった。

 

 まあ要するに、政治学の歴史みたいのを色々調べているうちに、「要するにイギリスだろ」みたいな感覚になって、そこから英国、特に英国の政治史について徹底的に調べ始めたということだが、これもフランスの場合と同様に、関心は政治から徐々に他の「文化一般」へと広がっていき、当時はまだ始まったばかりだったCS放送でのBBCを聴き始めたり、英国への短期留学や、その他個人的に遊びに行った回数も5回か6回くらい、というかなりの「ハマりぶり」ということになったのだった(この際、イギリスについてはフランスと違って「体質的な違和感」というものは全くなく、ロンドンでも他の都市でもまさに「ベストフィット」感があって、「これこそが自分の求めていたもの」という「到達感」のようなものすら持っていたのだった)

 

 しかしそれはともかく、「思想的な」面で言うと、私の場合ロックやヒュームといった「個人名」的なものというよりは、英国自体のものの考え方や、個人を超えたところにある「社会システム全般」というのにより大きな関心を持ったのだった。

 

 誰かがかつて「英国の歴史というのは世界の中で唯一理解できる歴史だ」と言ったらしいが、まさに様々な混乱を経ていく中でも、どういうわけか最終的にはその混乱自体が新しい「段階」への確実なステップとなってしまっている、という、ある種社会全体の「収束力」みたいなものが(おそらくは日本と全く対極にある、という意味においても)非常に興味深く思われたのだ。

 

 中でも大きな感銘を受けたのは英国の「憲法」に対する考え方である。

 英国の憲法が日本その他のものとは違って、いわゆる「不文憲法」だ、というのは周知だろうが、ではどのようにして「憲法」が決まるのかというと、その時々における基本的な「社会、政治システム」について多くの憲法学者が自説を展開し、その中でもっとも説得的なものが「淘汰」される形で生き残ってそれが「憲法」になる、ということなのだ。これは当時読んだ「Introduction to British politics」という本に書いてあった話で、本当にそうであるのかは確認していないし、現在もそのように「憲法」が決まっているのかも不明だが、まだ若かった私はその考え方に衝撃を受けて、未だにその本は私の本棚に露出して飾ってあるほどである。

 

 その時は「政治」的な考え方としての感銘、であったが、その後哲学などに関心を持つにつれて、実はこれは「哲学とは何か」という問いにも適用できるのではないか、という感じもしてきた。

 

 すなわち、哲学理論というのは英国憲法と同様に、《その時点での根本的な「存在」構造(と思われるもの)を理論化した》ものなのであり、それが同時代、さらには過去そして「予想しうる未来」において極めて「説得的な」形で適用可能であるならば、「存在についての憲法」として意味を持つのではないか、ということである。

 

 このように解釈するならば、哲学が「フィクション」であるかどうか、ということはそれほど大した問題ではない。英国の憲法というのも、その段階での「英国社会」というある種の「フィクション状態」を反映したものであり、そのフィクションの「構造」がどうなっているか、ということをベースとした「評価」というのが成立しうる。同様に哲学においても、社会や思想史といった「人工物」も含めた「あらゆるもの」の構造についての考察、ということなわけなので、それが現在知りうる限りのものについて十分に「説得的」であるならば、それらをトータルに「把握」するための枠組みとして意味を持ちうる、ということである。

 

 もっとも、哲学の場合は、そうした「人工物」のみならず、「自然そのものの構造」というものにまで踏み込まなければならないということから、そのどちらに比重を置くかによってその「フィクション性」というのも変わってくるだろう。いわゆる「大陸系」の考え方はどちらかというと「人工物」すなわち人間の目を通した形の「存在」というのを重視する方向で、それ故により「フィクション性」が濃厚である一方、「分析」系は後者の「自然構造」の方により大きく軸足を置くために、それが希薄である、ということだろうかと思う。

 

 昨今は、人間現象も含めてあらゆるものが「自然構造」に回収される、という方向になってきているので、それが「分析」優勢?の状況を生み出しているのだろうが、逆にいうとそれは「人間」というものからはより「離れた」ものであるため一般にはあまり注目を集めず、むしろより人間との関連性が強い「大陸系」の新思想に対してやや過剰に?関心がもたれる、というのもある意味「人間行動」という点ではごく自然なことなのかな、とも思われる。

 

 過去、哲学者たちはその時々でそれぞれ「根源的に」考えてきたのだろうが、思想史を通覧すると、それらの思想は否応なく「時代」というものと連動してしまっている、ということからしても、現在伝えられるところの、いわゆる「偉大な哲学者」というのは、先の「英国の憲法学者」のように「説得力」という点における「淘汰」を経て現在に至っているのでは、と思われている次第である。

 

p.s.

 ちなみに、現在においては当時のような英国への関心というのは薄らいでおり、最後に英国に行ったときに感じた「刺激のなさ」というもの以来、ほとんど海外旅行にも行かなくなってしまったのだが、私の個人史の中において英国というものは明らかに一つの明確な「地層」として存在している、ということは間違いのない事実であろうと思う。

 

 次回は、さらに遡って「東方系」の「西洋」について語っていきたいと思います。

 

 

主宰Facebookグループ「哲学、文学、アートその他について議論する会」

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