木村雅信氏の室内楽作品について      

小森俊明

 

以前、当マガジンに「独創的な作曲家、木村雅信氏のこと」を寄稿し、その作品について執筆することを予告しながらもそのままになっていた。本稿では氏の室内楽作品10曲について書いてみたい。なお、記載順序は作曲年に従っている。

⚫︎デュオI op.22(Vn,Va)

 1968年に書かれた氏の最初期作品。東京文化会館小ホールで行われた作曲者の第1回作品リサイタルで広瀬悦子のヴァイオリン、玉木宏樹のヴィオラにより初演された。第1楽章Tempo de Sarabande:Largo, 第2楽章Rondo:Allegro, 第3楽章Varianionen:Tempo I movt., 第4楽章Trauer:Adagioという全4楽章から成る。作曲者によれば、「私の12音技法のうち、もっとも基本的な手法がとられており、すなわち、セリーをセリーの規定する順序に12回移高したものー144の音の表ーを主題材料とする。音列は音程の列とみなされるので、さらに数列に置き換えてこれを音の密集度のセリーとして用いる。そしてモティーフは、集積されるのではなく、代数の因数分解のように、抽出されるのである」とのことである。4つの楽章のテンポは緩急緩緩という配列となっており、2楽器間の対話的性格は第1, 第2,第4, 第3楽章の順に強いと感じられる。第4楽章Trauer:Adagioは青春への訣れの表明である。

⚫︎アステリスクI op.77(Gt)

 1975年に書かれ、76年に改訂された。作品タイトルは初演者の名前である「星井清」に因むものであろうか。3つの部分より成り、第3部は第1部の自由な変奏となっている。全体は厳格な12音技法で書かれており、峻厳な趣を持っている。

⚫︎リチェルカーレop.151(3Vn, Va, Vc, Cb)

 シュトルム合奏団のチェリスト、毛利巨塵氏からの委嘱により1984年に作曲された。編成はバッハ作曲の『音楽の捧げ物』に含まれる6声のフーガに因む。減5度による保続音を背景に提示されるテーマはガリシアの民謡であり、これがフーガにおけるストレットのように密度高く模倣される。やがて模倣は、セクション毎の頻繁なテンポ変化の中で、リズムの細分化を含む音型の変奏へと取って代わられ、最後はバッハのリチェルカーレの引用により終結する。作曲家が最も敬愛したバッハに直接的に言及した作品の中で、重要なものの一つである。

⚫︎PRINT-TEMPS op.168(Rec, Gt, Cemb)

 1986年に書かれた環境音楽作品。タイトルは合成語であるが、PRINTの“T”とハイフンを取り除けばフランス語の「春」となる。リコーダー、ギター、チェンバロという軽い音を持つ3つの楽器によるアンサンブルは、春の陽光を思わせるような穏やかさを醸し出す。全体は2部に分かれており、第1部の書法は非定量記譜法に近く、第2部の書法は一応小節線を具えている。それぞれ、ミニマル・ミュージックのモティーフのような短いモティーフが反復されるが、その音響的様相は演奏の度に異なるものとなる。

⚫︎タンゴ・シンフォニカop.288(2Ml, Ma, Gt, Mc, Cb)

 日本における標準的なマンドリン・アンサンブルの編成(マンドリン×2、マンドラ、ギター、マンドロンチェロ、コントラバス)による作品で、クボタフィロマンドリーネンオルケスターの札幌公演に向けて1997年に書かれた。そもそも木村雅信氏には、現代の芸術音楽作曲家には珍しくタンゴ作品が多い。この作品は、氏が指摘するブラームスの交響曲第4番第1楽章第2主題の伴奏部に見られるタンゴのリズムを端緒としていると同時に、氏が敬愛するピアソラのエスプリも展開される。したがって、シンフォニカというタイトルは的を射たものであると同時に、マンドリン・アンサンブルという楽器編成もまた、独創的なアイディアを盛り込むのに相応しいものであると言えるだろう。途中にフガートやレントラーが現れるのはブラームスへのオマージュであり、結果として生じる作品の折衷的性格もまた、木村雅信らしい。

⚫︎セレナータ組曲op.348(Fl, Ob, Cl, Fg)

 6つの楽章から成る新古典主義的な相貌を持った木管四重奏の組曲であり、2003年に書かれた。第1楽章がAllegro, 第2楽章がLento, 第3楽章がAndanteという具合に速度標語がタイトルのように示されている一方、第4楽章はOstinato, 第5楽章はSerioso, 第6楽章はPastoralという具合に、それぞれ作曲技法上の様式、発想標語、楽曲形式がタイトルとなっているのがユニークである。木村雅信氏の作品が持つ最大の特徴として「生命感」が挙げられるが、この作品にはそれが最大限に表れていると言って良いだろう。変奏技法を彩る音型や音群は常に生き生きとしており、時に幅広い音域を駆け巡り、さまざまなアーティキュレーションを持っている。

⚫︎アイヌのモードによる舞曲第40番op.353(A-Sax, Pf)

 浅井学園北方圏学術情報センターの委嘱により2003年に書かれた作品。短い序奏に続き、主部が4分の2拍子によるAllegrettoで始まる。すぐにAllegroとなり、変拍子を所々に挟みながらアイヌのモード(旋法)による主題が展開される。中間部は4分の3拍子となり、付点8分音符を中心とする動きに転じる。主部が変更を伴いつつAllegroで再現された後、すぐにAllegrettotoとなり、最後にコーダにより曲を閉じる。つまり、全体はアーチ型の構成になっているのである。

⚫︎2本のフルートのためのデュオ「ヒンデミットへのオマージュII」 op.364(2Fl)

 2本のフルートによる作品というのは意外に少ないものであり、よく知られた作品としては、武満徹の『マスク』が挙げられる程度であろうか。木村氏によるこのデュオは2004年に書かれた6楽章から成る作品である。第1楽章と第6楽章が最も長く、他の楽章は概して短い。特に“Scherzo”と題された第2楽章と“Canon”と題された第3楽章は、その性格と相俟って、ヴェーベルンの「極小形式」による作品を思わせる短さである。“Pastoral”と題された第5楽章でさえ活動的な書法を示す、ヒンデミットへのオマージュに相応しい作品となっている。

⚫︎五重奏曲II“帰去来ー桃源へ”op.367(Fl, Ob, Cl, Hr, Fg)

 2004年に書かれた木管五重奏曲で、陶淵明の『帰去来』と関係があろう。南宋時代の詩人/作曲家/である白石道人が作詩・作曲した歌曲『杏花天影』のモティーフと、本稿筆者が高校時代に作曲した歌曲『桃の花さく』(詩:三好達治)のモティーフを接続し、音を入れ替えて得られた12音列を元に作曲されている。興味深いのは、これら2つの原型モティーフは類似した音程配列を持っている為に/いるにも拘らず、12音列が容易に得られていることである。木管四重奏による『セレナータ組曲』と同様、変奏技法が徹底して用いられている。コーダに相当する“Andante Sostenuto”のセクションで琉球のわらべうたが引用されるのは、『桃の花さく』のモティーフと類似していることがまず挙げられようが、同時に、中国と琉球との長い交易の歴史への想起も関係しているに違いない。

⚫︎パーセニアop.391(Cl, 4Vc)

 2006年に作曲され、オーストラリアのパースで初演された、非常に珍しい編成による作品。5つの楽章から成る。クラリネット・パートは4チェロによるパートに対して、ソリスティックに振る舞う一方で、一体となって演奏する箇所が少なくない。これら両者のパートの書法を決定的に分かつのは、4チェロによるパートには現れない代わりにクラリネット・パートには現れる、16分音符あるいはそれより細分化された音符による走句である。それらには、タンギングを伴う鋭い音型とスラーによる長いパッセージとがあり、特に“Marsupial birds”というサブタイトルが付いた第4楽章Intermezzoにおいてその双方が効果的に現れる。