西武晶
昔々 いつまでもいつまでも青空が続き ついに空の青さが星空のむこうにとどくほど 深く窮(きわ)まってしまったことがありました
空は自分の痛々しいまでの青さのその窮みについにたえられなくなったかのように その孤高の極点に 真っ白な馬を生み出しました
白馬は 青空の深い深い窮みから離れると あふれる力をみなぎらせて
何処へともなく走り去りました
白馬が走り去ってから 永遠と思われるほどの 時間がたったのでしょうか
青空は 喪失の悲しみ故に 長く長くふるえておりましたが その悲しみは
ついに たおやかな白い鳥の形となって 白馬の行方を求め 旅立ちました
その 一部始終を見ていた大地は 青空の哀しみをやわらげるため
体をよじるように 水を搾(しぼ)り出すと それを大気として贈り
空にたちのぼらせました
空は 自分を見守り続けていた存在にはじめて気づき
哀しみとその青さをやわらげ 大地に 近づきました
長い長い時間がたち 空と大地の間には 多くの生命が生まれ育ち ついに 心を持った存在 人間が誕生しました
そのある心の中に あの白馬がすみつき
どこまでも自由を求める 強い力になりました
また別の心の中に 白馬をこがれる白い鳥がすみつき
愛となったのです
この話を誰から聞いたか教えます。
それは五月にしてはあまりに寒いある日、緑の丘にねころがって空をながめていたことがありました。
すると、私の胸のあたりから、白い人影が立ち上がると(それは帽子の形からしてもぼくの分身に違いありません)、それはゆっくりと階段を上るように、何処までも何処までも高い青空の彼方に消えていきました。
青空の高みに一本の青く透きとおった木が生えており、どうやら彼はその背の高く細い木にこの話を聞いてきたようなのです。
目覚めるとたしかに私の分身は、私の心の中で私に、その一部始終を語ってくれたようなのです。
その木というのが、どうもあなたであるような気もしてならないのですが、
それはいったい、まるで違ったことであったのでしょうか……
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